2006.12.31  格闘技の主な試合

 

1. K−1ダイナマイト(京セラドーム大阪)の主な試合

1)山本”KID”徳郁(1977年3月15日生まれ⇒年数:6、月数:3、日数:6 ⇒波動指数:15ポイント)対 イストバン・マヨロシュ(1974年7月11日生まれ⇒年数:3、月数:7、日数:2 ⇒波動指数:51ポイント)

キッドは北京オリンピック出場を目指して、2006年7月にプロ活動停止を宣言したが、大みそかの対戦相手がアテネ五輪グレコローマン55キロ級金メダリストのマヨロシュであることを知り、K−1ダイナマイトに出場することを決断した。

相手が金メダリストといえど総合格闘技は素人である。

1分以内に倒せるかがテーマとなっていた。

結果は、1回3分46秒でキッドが左ひざ蹴りでKO勝ちとした。

 

2)秋山成勲(1975年7月29日生まれ⇒年数:4、月数:7、日数:2 ⇒波動指数:51ポイント)対 桜庭和志(1969年7月14日生まれ⇒年数:7、月数:7、日数:5 ⇒波動指数:25ポイント)

HERO'S ライトヘビー級王者である秋山成勲は打撃に開眼し、桜庭を圧倒した。

桜庭はグレイシー柔術をマスターしてきたが発揮できなかった。

桜庭はタックルにいくが秋山にかわされ、桜庭らしさが出なかった。

1回5分37秒、秋山の連打が勝負を決めTKO勝ちとした。

秋山はジェロム・レ・バンナに負けて以来、9連勝中である。

 

3)魔裟斗(1979年3月10日生まれ⇒年数:8、月数:3、日数:1 ⇒波動指数:21ポイント→トリプル転換点)対 鈴木悟(1976年3月3日生まれ⇒年数:5、月数:3、日数:3 ⇒波動指数:21ポイント→ダブル転換点)

トリプル転換点の魔裟斗は、元ボクシング・日本ミドル級王者であった鈴木のパンチに苦しめられた。

しかし、キック対ボクシングの試合はローキックの連発でキックが勝つという方程式が出来ている。

魔裟斗は2回にローキック攻撃をしかけ、KO勝ちとした。

魔裟斗も鈴木の右フックを受け危ない場面もあり、鈴木がダブル転換点でなければダウンしていたかもしれないと思われた。

 

4)所英男(1977年8月22日生まれ⇒年数:6、月数:8、日数:4 ⇒波動指数:26ポイント)対 ホイラー・グレイシー(1966年12月8日生まれ⇒年数:4、月数:12、日数:8 ⇒波動指数:46ポイント)

ホイス・グレイシーと引き分けだった「闘うフリーター」所英男は、ホイスの兄であるホイラー・グレイシーの寝技を切り返し、寝技の専門家であることを証明した。

ホイラーは寝技世界一と称されている。

その寝技を跳ね返して見せたのである。

2回序盤、ホイラーをコーナーに詰めると体をかがめロケットのように飛び上がり、右ひざでホイラーのアゴを打ち抜いた。

ホイラーは失神寸前まで追い込まれ、得意の寝技で反撃するが所に切り返されてしまう。

結局判定で、所英男がホイラー・グレイシーに勝った。

 

5)曙(1969年5月8日生まれ⇒年数:7、月数:5、日数:8 ⇒波動指数:33ポイント)対 ジャイアント・シルバ(1963年7月21日生まれ⇒年数:1、月数:7、日数:3 ⇒波動指数:33ポイント)

曙の対戦相手である大巨人シルバは、あまり攻撃しないので一方的に負ける試合が多い。

そのため今回は曙に勝たせてやりたい親心での対戦であった。

しかし曙は、62秒でシルバに腕を固められギブアップしてしまった。情けないと思った。

曙は「6ヶ月間、リングには上がらず練習に専念する」と語った。

曙は肉体改造をすれば強くなると思っているが、K-1スタイルにこだわり自分の潜在能力を活かしきっていないのが非常に残念である。

 

6)崔洪万(1980年10月30日生まれ⇒年数:9、月数:10、日数:3 ⇒波動指数:15ポイント)対 ボビー・オロゴン(1973年4月8日生まれ⇒年数:2、月数:4、日数:8 ⇒波動指数:37ポイント)

この試合は、当初からボビーに勝ち目はないと思っていた。

崔洪万(チェ・ホンマン)は曙とは違い、スピードもパンチ力もキックも超一流だからだ。

「もしかしてボビーなら何かやってくれるかもしれない」と思った人は、格闘技を全く知らない素人である。

格闘技を熟知している人は、K-1の王者セーム・シュルトに判定で勝っている崔洪万が、ボビーのような素人に負けるはずがないことを知っている。

ボビーは飛び蹴りという奇襲作戦に出たが(曙だったら倒れるかもしれないが)崔洪万は一流のため簡単にかわし、そのまま馬乗りになり、パンチの連打を浴びせレフェリーストップとなった。

わずか16秒であった。

 

7)金子賢(1976年10月19日生まれ⇒年数:5、月数:10、日数:1 ⇒波動指数:18ポイント)対 アンディ・オロゴン(生年月日不明)

金子賢にとってボビーの弟・アンディに負ければ、格闘技イベントから撤退せざるをえない。

アンディも初戦は安広一哉に負けているので、2人とも後がない試合だった。

アンディはキックを連発し、金子はタックルからテークダウンを奪うがその後の決め技がない。

それゆえ3回にはアンディの左ローキック6連発で金子をぐらつかせ、アンディが判定勝ちとした。

金子は曙と同様に決め技をもっていない。

それゆえ相手にダメージを与えることが出来ないので、試合には勝てない。

これはセンスの問題であり、センスの無い人がどんなに練習しても試合に出せるものではない。

格闘技センスの無い人は、残念ながら撤退した方が良い。

 

2. 2006.12.31 PRIDE男祭り(さいたまスーパーアリーナ)の主な試合

フジテレビがDSEの契約違反を理由に、PRIDEの地上波放送を中止したのは2006年6月5日であった。

そのため地上波テレビ放送が消滅した。

インターネットで試合を見られるということであったが、残念ながら田舎に帰省していた為、インターネットに接続できずPRIDEの試合は見ることが出来なかった。

そのため試合内容はスポーツ新聞による。

1)エメリヤーエンコ・ヒョードル(1976年9月28日生まれ⇒年数:5、月数:9、日数:1 ⇒波動指数:24ポイント→トリプル転換点)対 マーク・ハント(1974年3月23日生まれ⇒年数:3、月数:3、日数:5 ⇒波動指数:42ポイント)

ヒョードルは無敵の王者であり、ハントといえど問題にならないだろうと思っていた。

しかしハントのパンチにヒョードルが圧倒され、ハントにテークダウンを奪われパンチも浴びたという。

これはトリプル転換点のためだと思った。

しかし、ヒョードルは完全な大物であり流れの中でハントの右腕を取ると、羽根折り固めで勝利した。

死角のないヒョードルに誰が挑戦すべきか?

それはミルコ・クロコップである。

しかしミルコは、PRIDEからUFCに移籍することになり、PRIDEにはヒョードルを倒せる者はいなくなった。

 

2)吉田秀彦(1969年9月3日生まれ⇒年数:7、月数:9、日数:3 ⇒波動指数:12ポイント)対 ジェームス・トンプソン(1978年12月16日生まれ⇒年数:7、月数:12、日数:7 ⇒波動指数:14ポイント)

吉田秀彦がトンプソンの打撃にフラフラになり、1回7分50秒にセコンドからタオルが投入されTKO負けとなった。

トンプソンは藤田和之と対戦した時、打撃がすごいことを知った。

藤田もフラフラになりながら最後はトンプソンをKOしたが、トンプソンの打撃は要注意であった。

試合は突っ込んでくるトンプソンを半身でかわしながら左足のキックで合わせて対応し、関節技と寝技を駆使して一本勝ち寸前まで追い詰めた。

しかしその後の打ち合いで、トンプソンのパンチを浴びTKO負けとなった。

吉田の弱点は、打撃に弱いことである。

ミルコにもローキックで完敗し、トンプソンのパンチに敗れた。

 

3)五味隆典(1978年9月22日生まれ⇒年数:7、月数:9、日数:4 ⇒波動指数:14ポイント)対 石田光洋(1978年12月29日生まれ⇒年数:7、月数:12、日数:2 ⇒波動指数:10ポイント)

PRIDEライト級王者の五味隆典が石田光洋を1回1分14秒でKOした。

石田の左ミドルキックに合わせ、左ストレートをヒットさせ、倒れた石田の上に乗り顔面へのパンチの連打、そして頭へのキック、さらに再び上に乗り顔面への5連発により、レフェリーストップとなった。

 

4)アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(1976年6月2日生まれ⇒年数:5、月数:6、日数:2 ⇒波動指数:23ポイント)対 ジョシュ・パーネット(1977年11月10日生まれ⇒年数:6、月数:11、日数:1 ⇒波動指数:9ポイント)

ノゲイラは2006年9月10日のGP準決勝でバーネットに負けている。

そのため巧みな寝技でペースをつかみ、マウントポジションでの攻撃で判定勝ちとした。

 

5)マウリシオ・ショーグン(1981年11月25日生まれ⇒年数:1、月数:11、日数:7 ⇒波動指数:19ポイント)対 中村和裕(1979年2月21日生まれ⇒年数:8、月数:2、日数:3 ⇒波動指数:20ポイント)

中村はテークダウンを奪われ、恐怖の踏み付けを3度も浴びながら果敢に戦った。

しかし、実力差があり判定負けとなった。

 

6)田村潔司(1969年12月17日生まれ⇒年数:7、月数:12、日数:8 ⇒波動指数:19ポイント)対 美濃輪育久(1976年1月12日生まれ⇒年数:5、月数:1、日数:3 ⇒波動指数:23ポイント)

美濃輪は序盤、両フックを振り回しながら試合をリードしたが、田村の左ひざで右脇腹をえぐられ事実上勝負が決まった。

 

7)郷野聡寛(1974年10月7日生まれ⇒年数:3、月数:10、日数:7 ⇒波動指数:37ポイント)対 近藤有己(1975年7月17日生まれ⇒年数:4、月数:7、日数:8 ⇒波動指数:60ポイント)

郷野が、2−1の判定で勝利した。

1回はテークダウンを奪い郷野が優勢だった。

2回は近藤が優勢だったが、決定打を許さず郷野が逃げ切った。

 

8)藤田和之(1970年10月16日生まれ⇒年数:8、月数:10、日数:1 ⇒波動指数:16ポイント)対 エルダリー・クルタニーセ(生年月日不明)

レスリング世界選手権2度優勝のクルタニーセは、総合格闘技に転向したばかりであった。

そのため経験差により藤田が圧倒した。

1回2分8秒で藤田の右アッパーが決まり、KO勝ちとした。

 

 

    HOMEに戻る

COPYRIGHTc2001 東郷公認会計士事務所 ALL RIGHT RESERVED