2006.8.6 田中康夫氏、 長野県知事選で三選ならず!

 長野県知事選は、現職の田中康夫氏(1956年4月12日生まれ⇒年数3、月数:4、日数:3 波動指数:51ポイント)と 元自民党衆議院議員の村井仁氏(1937年3月28日生まれ⇒年数:2、月数:3、日数:1 波動指数:45ポイント)の対決となり、8月6日に投開票が行われた。

 その結果、現職の田中氏が村井氏に約7万8000票差をつけられる完敗であり、田中康夫ブームは終焉を迎えた。

<コメント>
(1) 田中康夫氏にとって今回の選挙は、波動指数も高く負けるはずのない選挙であった。 しかし、結果は完敗であった。
  その理由は3点考えられる。

  1. 国や県議会との対立を繰り返していた田中氏への失望感が予想以上にまん延していたこと。
  2. 田中県政の生みの親とされる元八十二銀行頭取の茅野実氏(73才)ら有力後援者が離反したこと。
  3. 田中氏は公共事業費の大幅削減などの改革を進めてきたが、地元には道路など必要な事業もあるし地域活性化にもつながると訴える声が多く、地元の不満があったことである。

    1. についての説明
      (イ) 当初から6年間続いた県議会との激しい対立が有権者をうんざりさせた。 2002年には、知事不信任案を可決され失職を選択し圧倒的な強さで再選を果たしたものの、その後も議会との関係は改善されなかった。

      (ロ) 2005年の衆院選では自ら代表となって新党日本を結成したが、県民から「知事と新党日本代表の二足のわらじを履くのか」と批判された。

    2. についての説明
      茅野氏は2000年10月に、41年間も続いた県方出身者に対する候補として田中氏を擁立した中心人物であった。 その彼が今回の選挙で一転し、「鳴り止まぬ目覚まし時計を もう止めましょう」と田中おろしに走ったからである。

    3. についての説明
      県民が県政に関心を寄せ、利権集団との長年の癒着を断ち切ったのは良かった。 しかし、県知事を頂点に市町村長、業界団体というピラミッド型の地域ヒエラルキーをぶち壊したことが地元の不満にもなった。

(2) 村井仁氏は自民、公明、両党から県連レベルで推薦を受けたほか、連合長野の支持も受けた。 

民主党も県連は村井支持で党本部は自主投票を決めた。

選挙戦終盤に小沢一郎民主党代表と鳩山由紀夫幹事長が、個人として田中支持を表明したが追い風にはならなかった。

村井氏は自民→新生→新進→自民と政党を渡り歩いた末、連続6期務めた衆院選挙への出馬を昨年断念した。 

その理由は、アメリカ追従を最優先する小泉首相が異常なまでにこだわった郵政民営化関連法案に反対し、2005年衆院選で自民党の公認を得られなかった為であった。

 「郵政民営化」は、アメリカ政府の日本政府に対する年次改革要望書の目玉であった。

そのためアメリカの巨大独占資本が小泉政権を傀儡化し、同時にアメリカ巨大ファンドを通じて日本の広告業界を支配し、巨大マスコミすべてを配下に置いて、日本国民をマインドコントロールしようとしていたのである。

 郵政民営化は日本国民の富がアメリカのハゲタカファンドの餌食にされるということであった。 

まり、郵政資金350兆円が市場開放されるということを意味し、アメリカの巨大なファンドが350兆円を支配する可能性が高いということである。 

そのため、アメリカ経済界は日本の郵政民営化の世論対策として5000億円使って日本のマスコミを支配してしまったのである。


村井氏は、郵政民営化に反対したのであるから正しい見解をもっている人であり、私は高く評価する。


 一方、田中康夫氏は2007年の参院選を見据え、国政で復帰する可能性があり、その方が日本のためになると考える。

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