2006.4.7 民主党代表選について

今回の民主党代表選は偽メール問題の責任をとった民主党執行部の総退陣により小沢一郎前副代表(1942年5月24日生まれ⇒年数:7、月数:5、日数:6 波動指数:14ポイント)対菅直人元代表(1946年10月10日生まれ⇒年数:2、月数:10、日数:1 波動指数:30ポイント→トリプル転換点)の戦いになった。

(1)偽メール問題

2月16日に衆院議員の永田寿康氏(1969年9月2日生まれ⇒年数:7、月数:9、日数:2)は出版社役員の西沢孝氏から持ち込まれた問題のメールを信憑性の検証をしないで衆院予算委員会で質問した。(その日の永田氏の波動指数は33ポイントで今年最高の波動であった。)

しかし問題のメールがガセネタであることが判明して事態は急変し、2月28日に民主党の野田佳彦氏(1957年5月20日生まれ⇒年数:4、月数:5、日数:2 波動指数:42ポイント)が責任をとり国会対策委員長を辞任した。

さらに3月31日には前原誠司代表(1962年4月30日生まれ⇒年数:9、月数:4、日数:3 波動指数:23ポイント)をはじめ民主党執行部の総退陣となり永田氏も議員辞職した。(永田氏の3月31日に波動指数は14ポイントであった。)

<コメント>

検証しないでメール問題を取り上げたことは政治家失格であり処理が遅かったと思っている。

(2)民主党代表選の結果

4月7日に民主党代表選が行われたが小沢一郎前副代表が119票を獲得し、菅直人元代表を47表差で退けた。

小沢一郎新代表は「山猫」のセリフを引用して、「変わらずに生き残るためには変わらなければならない」と決意表明し、小沢アレルギーのある無党派層にまで指示を広げた。

小沢新代表の任期は前原誠司全代表の残任期間となる9月末までであるが、4月8日には菅直人氏を代表代行に起用した上で、鳩山由紀夫幹事長(1947年2月11日生まれ⇒年数:3、月数:2、日数:2)、渡部恒三国会対策委員長(1932年5月24日生まれ⇒年数:6、月数:5、日数:6)ら前執行部メンバー全員を再任する人事を内定した。

民主党は挙党体制をとらなければ消滅してしまう可能性があるからである。

<コメント>

4月7日は菅直人氏はトリプル転換点でありバランスが悪かった。

それゆえ政治改革の実績がある小沢一郎氏が民主党新代表となった。

小沢氏の波動は弱かったが、選挙は波動指数だけではなく他の要素が大きな影響を与える。

つまり知名度、実績、政策が選挙の当落を決定する。

小沢氏の政策が無党派層を動かしたと思える。

小沢新代表は「政権交代こそ、真の構造改革だ」と主張し、「民主党を改革し、日本を改革しよう」「まず私自身が変わらなくてはならない」と宣言した。

この宣言が勝負を決定したと考えている。

小泉純一郎首相(1942年1月8日生まれ⇒年数:7、月数:1、日数:8)は次のようにコメントしている。

「自民党の幹事長が野党の代表になるなんて想像してなかった。自民党時代の小沢氏は総裁候補で私なんか相手にされなかった」と自虐ネタを交えながら警戒している。

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