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2005.8.28 PRIDEヘビー級王座決定戦及びミドル級GP
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(1)ヘビー級王座戦
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2005.8.28 さいたまスーパーアリーナで氷の拳を持つエメリヤーエンコ・ヒョードル(1976年9月28日生まれ⇒年数:5、月数:9、日数:1 波動指数16ポイント)と炎のハイキックを武器とするミルコ・クロコップ(1974年9月13日生まれ⇒年数:3、月数:9、日数:4 波動指数45ポイント)が対戦した。
(試合経過)
1ラウンドはミルコがやや優勢であったが、2ラウンドと3ラウンドはヒョードルにテークダウンを奪われ上から攻撃されスタミナ切れとなってしまったミルコの判定負けとなった。
(コメント)
ミルコは格闘技人生の最高潮の時、ヒョードルに挑戦状をたたきつけた。
しかしヒョードルは身の危険を本能的に感じミルコとの対戦を避け続けてきた。
理由はミルコの攻撃パターンを見切れなかったからである。
それゆえヒョードルはその期間中ミルコの攻略方法を研究し続けていた。
つまりK-1でミルコに3連勝しているアーネスト・ホーストのジムでミルコ対策を練っていたのである。
そしてミルコのハイキックを出す時の癖を完璧に見切ることができたのである。
加えて私はヒョードルの練習風景を見た時、「ヒョードル恐るべし」と感じた。
ヒョードルは大自然を相手に練習していたのである。
昔の剣豪が自然を相手にいろいろな流派をあみ出していったような自然に溶け込んだ練習は6次元である。
トレーニングジムでの練習は5次元どまりである。
私は武蔵と小次郎の闘いを想起した。
武蔵はヒョードル、小次郎はミルコである。
試合当日、武蔵は遅れて巌流島に行く。
そして小次郎対策として船の櫂(かい)をけずって木刀にしたのである。
通常の刀では小次郎の長剣には勝てないと思ったからである。
その結果、武蔵に焦らされた小次郎が負けた。
ヒョードルの勝因はミルコの攻撃パターンの癖を分析し、最も危険な左ハイキックを受けなかったことにある。
又、大自然を相手に練習していることで6次元の意識になっているため波動指数の影響を受けなかったことも勝因である。
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(2)ミドル級GP
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(試合経過)
ミドル級最強のヴァンダレイ・シウバ(1976年7月3日生まれ⇒年数:5、月数:7、日数:3 波動指数9ポイント)は犬猿の仲であるヒカルド・アローナ(1978年7月17日生まれ⇒年数:7、月数:7、日数:8 波動指数12ポイント)に2回もテークダウンを奪われ、良いところなく終了してしまい、判定負けとなった。
シウバの弟分であるマウリシオ・ショーグン(1981年11月25日生まれ⇒年数:1、月数:11、日数:7 波動指数27ポイント)はアリスター・オーフレイム(1980年5月17日生まれ⇒年数:9、月数:5、日数:8 波動指数21ポイント)と対戦し、序盤でオーフレイムにテークダウンを許し、前方チョーク式裸締めで攻められたが、柔軟な体のバネを利用して切り抜けてしまった。
逆にマウント・ポジションを奪い連打を浴びせるとレフェリーが試合を止めた。
ミドル級の決勝はショーグンとアローナの闘いであったが、23歳のショーグンの強さだけが目立った。
寝技世界一といわれるアローナに得意の踏みつけでかく乱し、もうろうとするアローナの顔面に右拳の連打を浴びせてKOした。
(コメント)
波動指数の一番高かったショーグンが優勝した。
ミドル級は最強王者シウバから弟分のマウリシオ・ショーグンの時代となった。
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(3)吉田秀彦対タンク・アボット戦
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(試合経過)
吉田秀彦(1969年9月3日生まれ⇒年数:7、月数:9、日数:3 波動指数23ポイント)はケンカ屋アボット(1965年4月26日生まれ⇒年数:3、月数:4、日数:8 波動指数51ポイント)を打撃技で圧倒した。
テークダウンを奪われたがガードポジションで冷静に下から応戦し、スタンドに戻っても有利に戦った。
スタミナ切れしたアボットの首を狙い、柔道着の袖を使った片羽絞めでギブアップさせた。
(コメント)
波動指数はアボットの方が高かったがPRIDEの戦い方の経験差が吉田秀彦に勝利をもたらした。
吉田秀彦はヘビー級に転向する可能性を示した。
<追加>
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(1)2005.8.21 東洋太平洋フライ級タイトルマッチ
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ボクシング界で話題となっている亀田興毅(1986年11月17日生まれ⇒年数:6、月数:11、日数:8 波動指数21ポイント)は父親のユニークな指導法によりサイボーグのような強靭な体を造り上げた。
チャンピオンのワンミーチョック・シンワンチャー(1976年12月13日生まれ⇒年数:5、月数:12、日数:4 波動指数19ポイント)を全く問題にせず3回TKO勝ちとした。
波動指数どおりであった。
亀田興毅が世界チャンピオンになる日は近いと思える。
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(2)100キロマラソンを完走した丸山和也弁護士の波動指数
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日本テレビの24時間テレビで丸山和也弁護士(1946年1月23日生まれ⇒年数:2、月数:1、日数:5)は8.27と8.28にわたり100キロマラソンに挑戦したが、その日の波動指数はパーフェクトの60ポイントであった。
そのため丸山弁護士は自分の一番良い所を全国にアピールできたのである。
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