2005.6.26 PRIDEミドル級GP2回戦

さいたまスーパーアリーナでPRIDEミドル級GP2回戦が行なわれた。

主な試合についてコメントしてみたい。

(1) 桜庭和志(1969年7月14日生まれ⇒年数:7、月数:7、日数:5 波動指数23ポイント)
対 ヒカルド・アローナ
(1978年7月17日生まれ⇒年数:7、月数:7、日数:8 波動指数22ポイント

桜庭は寝技世界一と呼ばれているアローナに何も攻撃できずに完敗した。

桜庭はティークダウンをとるつもりでタックルに行くが、アローナに上から首を捕えられ、頭へのひざ蹴り15連発を受けてしまう。

何度やっても上から首を捕えられひざ蹴りがとんでくるので、桜庭の顔面は破壊されてしまった。

当然の結果としてTKO負けとなり病院送りにされたのである。

<コメント>

アローナの一方的試合となり見ている立場としては全くおもしろくなかった。

実力差が感じられた試合であり桜庭の良いところが全く発揮されずに終わってしまった。

桜庭は体重を下げてウェルター級で試合をした方が良いと思われた。

(2) 中村和裕(1979年2月21日生まれ⇒年数:8、月数:2、日数:3 波動指数42ポイント
対 ヴァンダレイ・シウバ
(1976年7月3日生まれ⇒年数:5、月数:7、日数:3 波動指数23ポイント

ミドル級最強王者のシウバにとって、中村は敵ではなかった。

前半までは中村も打撃で応酬したがそこまでであった。

中村が柔道着を脱ぎ捨てたスキにシウバの左ストレートがヒットし、マウントポジションを奪われ連打を浴びKOされてしまった。

<コメント>

中村は波動指数で有利であったが、シウバは完全な大物であり実力差があった。

柔道着を脱ぎ捨てた瞬間が勝負の分かれ道であった。

勝負にこだわれば柔道着を脱ぎ捨てず破れたまま試合を続けるべきであった。

(あるいは最初から柔道着を着ないで試合すべきである。)

完全な大物であるシウバだからその瞬間を見逃さなかったのである。

(3) 滝本誠(1974年12月8日生まれ⇒年数:3、月数:12、日数:8 波動指数43ポイント
対 田村潔司
(1969年12月17日生まれ⇒年数:7、月数:12、日数:8 波動指数22ポイント

田村は吉田秀彦に惜敗している。

そのため金メダリストの滝本に勝つことがプロレスの意地だった。

田村は初回からローキックとパンチで攻め続けた。

それに対して滝本はPRIDEの勝ち方をよく理解していないように思えた。

(攻撃しなければ判定負けとなることを意識していないように思えた。)

最終回にやっと本来の攻撃を見せ、マウント体勢にもっていったが、それから後の攻撃が田村にかわされて何もできずゴングが鳴った。

結果は田村の判定勝ちであった。

<コメント>

波動指数では滝本が断然有利であった。

田村はトリプル転換点でもあり、悪いコンディションであった。

しかし滝本が攻撃しなかった為、田村の判定勝ちとなった。

滝本の課題は必殺技を身につけることである。

ノゲイラのような一流選手は研究に研究を重ねながら必殺技を自分のものにしていった。

柔道の関節技は研究されているのでスピードとタイミングを研磨しなければ必殺技とはならないからである。

(4) ミルコ・クロコップ(1974年9月13日生まれ⇒年数:3、月数:9、日数:4 波動指数50ポイント
対 イブラヒム・マゴメドフ
(1975年6月8日生まれ⇒年数:4、月数:6、日数:8 波動指数21ポイント

エメリヤーエンコ・ヒョードルが右手人差し指の骨折のため、急遽ヒョードルの代役としてマゴメドフを差し向けてきた。

実は2003.11.9の時もヒョードルが右手親指を骨折した為、前王者のアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとミルコ・クロコップが対戦したことがある。

(その時はノゲイラが腕ひしぎ逆十字固めでミルコを破った。)

今回もヒョードルは骨折のため、ミルコの挑戦を避けた。

本能的にミルコを危険と感じているからである。

そのため同門のマゴメドフを刺客として差し向けたのである。

しかし結果はミルコの左ミドルキックにより、3分53秒でマゴメドフはKOされた。

ミルコはマイクアピールでヒョードルとのタイトルマッチを約束させ、やっと8月28日に対戦が決まった。

<コメント>

ヒョードルも8月28日は対戦しなければならないだろう。

その時の波動指数は次の通りである。

ヒョードルの波動指数16ポイント < ミルコの波動指数45ポイント

波動指数ではミルコ有利であるが、ヒョードルも完全な大物のため何か対策を考えてくるだろうと思っている。

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