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2005.6.13 マイケル・ジャクソンに無罪評決!
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少年への性的虐待など10の罪に問われたマイケル・ジャクソン(1958年8月29日生まれ⇒年数:5、月数:8、日数:2)にすべての罪で無罪評決が下された。
(マイケルはトリプル転換点の日に逮捕されていた)
マイケル・ジャクソンの陪審団は無作為抽出された候補者700人以上から選ばれた12人である。
陪審団の構成は黒人ゼロ・女性8人・男性4人・子どものいる者が8人であり、マイケルにとって不利とみられていた。
しかし決定的な物的証拠はなく「疑わしきは罰せず」の原則から無罪となった。
陪審員は裁判中、結論が出るまでホテルなどに缶詰になり第三者や事件に関する報道への接触を禁じられ評決は全員一致でなければ出せないのである。
それゆえ1人でも異論があれば評決不能か「疑わしきは罰せず」で無罪になることが多い。
*1995年のO.J.シンプソン事件が有名である。
前妻ら2人を殺害したとして第1級殺人罪に問われたアメリカン・フットボールの元黒人スター選手のO.J.シンプソンの裁判の陪審員は12人中9人が黒人だった。一般的見解では有罪と思われていたが、評決は無罪だった。しかし1997年の民事裁判では9人が白人で黒人はゼロだった為、事件への関与が認定され、シンプソンは約40億円の支払いを命じられている。
<コメント>
マイケル裁判の経過と波動指数は次の通りである。
| 2003.11.20 | ⇒ | マイケルが性的虐待及び未成年への飲酒強要などの容疑で逮捕される。この時マイケルはトリプル転換点であった。(波動指数は20ポイント) |
| 2004.1.16 | ⇒ | 罪状認否でマイケルは無罪を主張。(波動指数は33ポイント) |
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2004.4.21 |
⇒ | 大陪審起訴(波動指数は16ポイント) |
| 2004.8.16 | ⇒ | 予備審理開始。マイケルは無罪を主張する白スーツで出廷(波動指数は19ポイント) |
| 2005.1.31 | ⇒ | 初公判。マイケルは白スーツで出廷し、Vサインで無罪を主張(波動指数は24ポイント) |
| 2005.2.15 | ⇒ | マイケルが体調不良で緊急入院。陪審員の選定作業が延期(波動指数は23ポイント→2月はマイケルの転換月のためアクシデントがある。) |
| 2005.2.24 | ⇒ | 陪審員が決定される。(波動指数は23ポイント) |
| 2005.3.10 | ⇒ | マイケルは入院先からパジャマ姿で遅刻出廷する。(波動指数は27ポイント) |
| 2005.4.8 | ⇒ | ネバーランドの元調理師が俳優マコーレ・カルキンがいたずらされているのを目撃したと証言する。(波動指数は20ポイント) |
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2005.5.11 |
⇒ | カルキンが出廷し「いたずらの事実はない」とマイケルを援護する。(波動指数は14ポイント→5月はマイケルの転換月のためハラハラドキドキすることがある) |
| 2005.5.27 | ⇒ | 被害者少年が警察で性的虐待を受けたと証言しているビデオを公開する。(波動指数は15ポイント→5月が転換月のため不利なことが起こる) |
| 2005.6.3 | ⇒ | 結審。陪審団が審議入り(波動指数は14ポイント) |
| 2005.6.13 | ⇒ | マイケル無罪評決される。(波動指数は14ポイント) |
マイケルの少年への性的虐待は同性愛の性癖をもっているからである。
神の化身と自称しているサイババも8歳〜30歳までの男性にしか性的に興奮しないと言われている。
サイババはプロの宗教家であるためその影響力は大きい。
サイババは若者に対して性的行為を強制的に押し付けるため、それを苦にして自殺した者までいる。
サイババの性的犯罪は信奉者への詐欺行為以上に人類への冒涜でもある。
サイババは史上最大の犯罪を犯し、悪魔の化身であると断言できる。
マイケルはサイババほど悪魔ではないが悪であることは間違いない。
アメリカ市民は無罪評決につき67%が不愉快であると答えている。
アメリカ市民の多くが評決を疑問視しているのは正常な見識であると思える。
<追加>
2005.6.16に薬害エイズ名誉毀損訴訟でジャーナリストの桜井よしこさん(1945年10月26日生まれ⇒年数:1、月数:10、日数:8 ⇒波動指数:31ポイント)が逆転勝訴した。
二審の東京高裁が2003.5.26に桜井さんに400万円の支払いを命じていた為、上告していたものである。
私は当時の裁判長であった大藤敏氏(1940年5月10日生まれ⇒年数:5、月数:5、日数:1)の判断ミスであると思っていたので、最高裁では桜井さんの勝利を信じていた。
つまり大藤敏裁判長がトリプル転換点に至った時に判断したものと考えられたからである。
最高裁の裁判長が才口千晴氏(1938年9月生まれ⇒年数:3、月数:9)であったため、才口氏の波動が強い年であり妥当な判決になったと思われる。
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