2005.3.26 HERO'Sでボブ・サップ復活

さいたまスーパーアリーナで新格闘技イベントの旗上げがあり、野獣ボブ・サップ(1974年9月22日生まれ⇒年数:3、月数:9、日数:4 ⇒波動指数:50ポイント)はアトランタ五輪柔道95キロ級銀メダリストのキム・ミンス(1977年6月15日生まれ⇒年数:6、月数:6、日数:6 ⇒波動指数:12ポイント)と対戦したが、強烈な右ストレート一発でKO勝ちした。

メインイベントの秋山成勲(1975年7月29日生まれ⇒年数:4、月数:7、日数:2 ⇒波動指数:29ポイント ⇒ダブル転換点)はK-1のけんか番長ことジェロム・レ・バンナ(1972年12月26日生まれ⇒年数:1、月数:12、日数:8 ⇒波動指数:26ポイント ⇒トリプル転換点)と対戦したが身長差12cm、体重差35kgもあり、当初主導権を握っていたにもかかわらず一瞬のスキを突かれ、ひざ蹴り2発くらいKO負けとなった。

<コメント>

HERO'Sのセミファイナルでボブ・サップとキム・ミンスが対戦したがボブ・サップの波動指数は50ポイントであり絶好調であった。

それに対してキム・ミンスは波動指数12ポイントであり、潜在能力は相当あると感じられたがボブ・サップの右のカウンターパンチをあごに受け、マットに沈んでしまった。

ボブ・サップは完全に復活した。

秋山成勲の波動指数は29ポイントであったがダブル転換点であり不安定な状態であった。

しかしジェロム・レ・バンナも波動指数26ポイントでトリプル転換点であり、さらに不安定であった。

トリプル転換点であれば実力は発揮できず、不本意な負け方をしてしまうはずであった。

例えばサム・グレコ(1967年5月3日生まれ⇒年数:5、月数:5、日数:3 ⇒波動指数:23ポイント)対ヒース・ヒーリング(1978年3月2日生まれ⇒年数:7、月数:3、日数:2 ⇒波動指数:20ポイント ⇒トリプル転換点)戦についてはサム・グレコが勝ったが、勝因はヒーリングがトリプル転換点であったからであった。

つまり試合はヒース・ヒーリングが有利に展開していたが、突然バランスを崩してKO負けとなったのである。

(その崩れ方が誰の目から見ても不自然な状態であったのである。)

そのためトリプル転換点であるレ・バンナも秋山成勲に負ける可能性が高いと思っていた。

しかしレ・バンナはK-1や総合格闘技で経験を積んでいた為、タックルにくる秋山にひざ蹴り2発たたきこみKO勝ちした。

このパターンはK-1対レスリングでも良く見られるパターンであり、ミルコ・クロコップの勝ちパターンであった。

レスラーがタックルを決めようとして足を取りに行ったとき、ミルコのひざ蹴りが入りKO負けとなったケースが沢山ある。

そのような経験をレ・バンナは積んでおり、とっさに出たものと思われる。

秋山は体重差をこの時ほど感じたことは無かったと思える。

体重差がなければ秋山の剛力で相手を倒し、腕ひしぎ逆十字固めを決められるはずであった。

しかし腕を決めることが出来なかったのは体重差であったことと、ダブル転換点でもあったからであると思える。

2005.3.19に韓国でK-1の大会が行われたが曙太郎(1969年5月8日生まれ⇒年数:7、月数:5、日数:8 ⇒波動指数:20ポイント)と角田信朗(1961年4月11日生まれ⇒年数:8、月数:4、日数:2 ⇒波動指数:26ポイント)が対戦したが凡戦であり判定で曙が勝った。

曙は韓国相撲の横綱であるチェ・ホンマン(1980年10月30日生まれ⇒年数:9、月数:10、日数:3 ⇒波動指数:36ポイント)と準決勝で対戦したが、チェ・ホンマンに一方的に攻められタオルが投入されTKO負けとなった。

曙は2005.4.3ロサンゼルスでWWEの祭典であるレッスルマニア21に出場した。

身長213cmのビッグショーとの相撲マッチで対戦し、豪快な下手投げで勝った。

相撲のルールで戦えば曙は横綱である。

素人の相撲に負けるはずが無い。

巨漢とはいえ重心が高いビッグ・ショーを倒すのは簡単だった。

重心の低い曙はビッグ・ショーののど輪落としにより土俵際まで押し込まれたが、体を入れ替え下手投げを決めた。

曙はラリアット系の必殺技を完成させればプロレスで開花させることができると思える。

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