2004.12.31 K-1とPRIDEの試合内容

(1)K-1ダイナマイト(大阪ドーム)の主要な試合内容とコメント

(1969年5月8日生まれ⇒年数:7、月数:5、日数:8⇒42ポイント)  対 
ホイス・グレイシー(1966年12月12日生まれ⇒年数:4、月数:12、日数:3⇒10ポイント)

曙はタックルで2度テークダウンを奪ったが、体重差137kgを有利に活用できず、百戦錬磨のホイスに一瞬の隙をつかれ、左腕をつかまれ、手首を攻められ、そのままリストロックが決まりギブアップしてしまった。

<コメント>

曙は自分の体重を武器にする工夫が不足している。(アンドレ・ザ・ジャイアントのようなボディープレスをすれば勝機はあった。)

必殺技を完成させない限り、リングに上がるべきではない。

ハングリー精神が欠如しているため進歩がないので、当分は自分の不足しているものを補完すべき努力が必要である。

(曙の波動指数は高かったが、ホイスとの経験差がありすぎるため子供扱いされた試合であった。)

魔裟斗(1979年3月10日生まれ⇒年数:8、月数:3、日数:1⇒24ポイント) 対
山本”KID”徳郁(のりふみ)(1977年3月15日生まれ⇒年数:6、月数:3、日数:6⇒21ポイント)

魔裟斗は1ラウンドにキッドのトリッキーな左フックでダウンを奪われたが、2ラウンドに右ハイキックでダウンを奪い返した。

K-1ルールでの試合のため魔裟斗が有利に展開し、小差の判定勝ちとなった。

(波動指数どおりの結果であった。)

<コメント>

魔裟斗のキックがキッドの下腹部に入り、一時試合は中断されたが、総合格闘技ルールで対戦していればキッドが勝っていたと思われる。

魔裟斗はK-1ルールに守られた試合だったのでKOで勝たない限りスッキリしないと思える。

今度は総合格闘技ルールでの再戦が望まれる。

秋山成勲(1975年7月29日生まれ⇒年数:4、月数:7、日数:2⇒24ポイント) 
フランソワ・ボタ(1968年9月28日生まれ⇒年数:6、月数:9、日数:1⇒21ポイント)

秋山のセコンドは巨人軍の清原和博であり話題になった。

試合は1分54秒でボタに腕ひしぎ逆十字固めで一瞬のうちに勝ってしまった。

秋山の格闘技に対するセンスの良さが光った試合であった。

<コメント>

柔道家がプロに進む道はPRIDEの方が有利である。

しかし秋山はあえてK-1のリングを選んだ。

理由はK-1のほうがテレビ放映が多く、自分の存在を知ってもらうことで柔道を広めたいからだと言っている。

(曙にも秋山のような根性があれば良いのだが・・・)

ボビー・オロゴン(1973年4月8日生まれ⇒年数:2、月数:4、日数:8⇒52ポイント) 対
シリル・アビディ(1976年2月15日生まれ⇒年数:5、月数:2、日数:6⇒17ポイント)

からくりテレビで有名になったボビーは「史上最強の初心者」と呼ばれ、身体能力も高く終始アビディを圧倒した。

シリル・アビディはマイク・ベルナルドの代わりに出場したため練習不足であった。

それゆえ本来の実力は発揮できなかった。

<コメント>

波動指数はホビーの方が高く、アビディの練習不足ということもあり、ボビーの判定勝ちになった。

藤田和之(1970年10月16日生まれ⇒年数:8、月数:10、日数:7⇒19ポイント) 対
カラム・イブラヒム(1979年9月1日生まれ⇒年数:8、月数:9、日数:1⇒29ポイント)

アテネ五輪レスリング(グレコローマン)金メダリストのイブラヒムは序盤の打撃でセンスの良さを見せたため、「藤田危うし」と感じた。

しかし藤田がラリアット気味の右フックを首筋付近に決め、イブラヒムの動きを止め、連続3連打でKO勝ちとした。

<コメント>

プロとアマの違いを証明した試合であった。

イブラヒムは綺麗に勝つことを望んだ。

しかしプロは勝つことだけが求められるため藤田の方が勝ちにこだわった。

プロでの実践の差がラリアット気味の右フックとなった。

藤田の経験差の勝利であった。

(2)PRIDE(さいたまスーパーアリーナ)の主要な試合内容とコメント

エメリヤー・エンコ・ヒョードル(1976年9月28日生まれ⇒年数:5、月数:9、日数:1⇒15ポイント) 対
アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(1976年9月2日生まれ⇒年数:5、月数:6、日数:2⇒14ポイント)

ヒョードルはテークダウンを奪い、ノゲイラの上になるが攻め手を欠き、ノゲイラも下から関節技にいこうとするが、すべて外されてしまうという展開が繰り返された。

結局、テークダウンを多く奪ったヒョードルの判定勝ちとなった。

<コメント>

ノゲイラがテークダウンを奪ったのは一回だけであり、もう少しでヒョードルの関節をとるところだったがゴングが鳴った。

ノゲイラの関節技がすべて封じられた以上、勝機は無かった。

波動指数でも小差でヒョードルが有利であった。

ミルコ・クロコップ(1974年9月13日生まれ⇒年数:3、月数:9、日数:4⇒23ポイント) 対
ケビン・ランデルマン(1971年8月10日生まれ⇒年数:9、月数:8、日数:1⇒39ポイント)

ランデルマンがタックルにいこうとするが、ミルコはスリーパーホールド(裸締め)で仕留めてしまった。

わずか41秒であった。

キックを使用せず、2004.4.25に負けた借りを返した。

<コメント>

2004.4.25の試合はミルコに油断があった。

クロアチアの国会議員となり映画主演もありハングリー精神が欠如していた。

そのためランデルマンに隙をつかれて負けたのである。

しかし今回は相手をよく研究し、ムダがなく、自分の必殺技であるハイキックを出す事無く裸締めで勝った。

ヒョードルを倒せるのはやはりミルコ以外にないと思える。

吉田秀彦(1969年9月3日生まれ⇒年数:7、月数:9、日数:3⇒21ポイント) 対
ルーロン・ガードナー(1971年8月16日生まれ⇒年数:9、月数:8、日数:7⇒40ポイント)

シドニー五輪レスリングとバルセロナ五輪柔道の「金メダリスト対決」として注目された。

史上最強といわれたカレリンを破ったガードナーは得意のレスリング技を出さずパンチだけで試合をした。

ガードナーの左ジャブに吉田は何もすることが出来ず判定負けとなった。

<コメント>

吉田の敗因は寝技に持ち込めず、関節技も封じられてしまったことである。

ガードナーとの体重差は30kg以上あったが、これを克服すべき経験が不足していると感じられた。

ヴァンダレイ・シウバ(1976年7月3日生まれ⇒年数:5、月数:7、日数:3⇒24ポイント) 
マーク・ハント(1974年3月23日生まれ⇒年数:3、月数:3、日数:5⇒24ポイント)

ヴァンダレイ・シウバの対戦相手は桜庭和志であったが負傷によりマーク・ハントに決まった。

マーク・ハントはK-1チャンピオンになったこともあるハードパンチャーである。

試合はテークダウンをシウバが奪うがハントに跳ね返されてしまい、逆にパンチをあびシウバらしくない状態が続いた。

結局判定でハントが勝ったが私個人の判定ではシウバの勝ちだった。

<コメント>

シウバは中量級の選手のためパンチ力と体重差は大きなハンデになっている。

中量級最強であるシウバにとってヘビー級の選手と対戦する上で克服しなければならない課題である。

それは吉田秀彦にとっても同じことが言える。

ホイス・グレイシーはそれらのハンデを克服し勝ってきているので参考にすべきである。

滝本誠(1974年12月8日生まれ⇒年数:3、月数:12、日数:8⇒28ポイント) 対
戦闘竜(1969年7月16日生まれ⇒年数:7、月数:7、日数:7⇒37ポイント)

滝本の柔道はけんか柔道といわれ総合格闘技に向いている。

しかし実践経験が乏しい為どうしたら勝てるのかまだ追求中のように思えた。

試合も後半になるほど良くなってきたように思える。

戦闘竜は曙と同様に攻撃しないので勝つことは困難であると思えた。

結局戦闘竜を投げ飛ばした滝本が判定で勝った。

<コメント>

滝本は1ヶ月前にPRIDE参戦を決めたので経験不足であるが、闘うことによりセンスを磨き強くなっていくように思えた。

    HOMEに戻る

COPYRIGHTc2001 東郷公認会計士事務所 ALL RIGHT RESERVED