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2004.8.15 PRIDEヘビー級GP決勝戦
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アテネ・オリンピックが8/13より開幕し、日本中がメダルラッシュに沸き立っている為、8/15に行われたPRIDEヘビー級GPはテレビ放映されなかった。
私は次の日のスポーツ新聞で試合結果を知ったわけであるが、期待していた小川直也(1968年3月31日生まれ⇒年数:2、月数:3、日数:4⇒波動指数30ポイント)はエメリヤーエンコ・ヒョードル(1976年9月28日生まれ⇒年数:5、月数:9、日数:1⇒波動指数23ポイント)に54秒で負けていた。
又、決勝に進んだアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(1976年6月2日生まれ⇒年数:5、月数:6、日数:2⇒波動指数15ポイント)とヒョードルの戦いはヒョードルのバッティングによる傷が深くノーコンテストになったと報じていた。
私は試合内容を検証したいと思っていたが、8/23にテレビで放映された。
それで試合内容について私の感想を書いてみたいと思う。
<小川直也 対 エメリヤーエンコ・ヒョードル戦>
小川直也はプライドの戦い方を熟知していなかった。
ヒョードルのフックの連打にクリンチで逃げ、ヒョードルをつかまえて押し倒そうとしたが、逆にヒョードルにマウントポジションを奪われてしまった。
つまり小川直也はヒョードルのスピードについていけず戸惑ってしまったのである。
そこで小川直也は脱出しようともがいているうちにヒョードルに左腕をつかまれ腕しひぎ逆十字固めを決められ思わずギブアップしてしまったのである。
その間54秒であった。
小川直也は自分の得意技を出すひまもなくヒョードルのスピードにやられたといえる。
(コメント)
波動指数では小川直也が30ポイントでヒョードルの23ポイントを上回っていたが、ヒョードルの方がプライドに対する経験とスピードが小川直也を上回っていた。
それでヒョードルの一方的な勝利となった。
私の個人的感想はプロの格闘家であるならば相手の良いところを引き出し、最後は自分の得意技で仕留めるというアントニオ猪木流のスタイルがベストだと思う。
一方的に勝ってしまうスタイルではプロの興行ではやっていけないと思うからである。
<エメリヤーエンコ・ヒョードル 対 アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ戦>
準決勝でノゲイラはハリトーノフ(1980年8月18日生まれ⇒年数:9、月数:8、日数:9⇒波動指数26ポイントでトリプル転換点)に判定で勝ち、決勝で小川に勝ったヒョードルとの対戦となった。
試合内容はヒョードルが上から攻め、ノゲイラが下から攻めるという前回同様のパターンであったが、今回のノゲイラは違っていた。
ノゲイラは前回に負けた経験を活かし、ヒョードルの氷のパンチをたくみにかわした。
流れの中でノゲイラの頭とヒョードルの額が激突し、ヒョードルの右まゆの傷が深くノーコンテストとなった。
(コメント)
ボクシングの試合だったらドクターストップでノゲイラの勝ちである。
プライドの規則でノーコンテストとなり年内に再試合することになったが、ヒョードルは打撃に弱いことが判明したと思える。
ノゲイラは波動指数が15ポイントであり、ヒョードルの23ポイントより低かったが、前回負けた経験を生かし、ヒョードルのスピードを殺していたのである。
ノゲイラの技がヒョードルのスピードをかわした試合だった。
ノゲイラはアントニオ猪木流のスタイルを通しているのでプロの格闘家に一番ふさわしいと思えた。
<追加>2004.6.28のWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ
チャンピオンの徳山昌守(1974年9月17日生まれ⇒年数:3、月数:9、日数:8⇒波動指数21ポイント)と挑戦者の川島勝重(1974年10月6日生まれ⇒年数:3、月数:10、日数:6⇒波動指数34ポイント)の戦いは107秒で川島勝重が新チャンピオンになった。
試合内容は1回1分30秒過ぎに川島の放った右フック一発で決まった。
アゴを打ち抜かれた徳山キャンバスに沈んだ。
カウント8で立ち上がったがひざが揺れていた。
川島は突進し左右フックが再び顔面に決めると徳山は2度目のダウンをした。
そこでレフェリーが試合を止めた。
その間1分47秒であった。
(コメント)
この試合は波動指数どおりの試合だった。
<追加>2004.7.7のK-1ワールドMAXで魔裟斗、ブァカーオに負ける。
魔裟斗(1979年3月10日生まれ⇒年数:8、月数:3、日数:1⇒波動指数37ポイント)はモンゴルのナラントンガラグ(1975年3月10日生まれ⇒年数:4、月数:3、日数:1⇒波動指数28ポイント)やアルバート・グラウス(1980年8月3日生まれ⇒年数:9、月数:8、日数:3⇒波動指数35ポイント)を退けて決勝に進んだが、両目は腫れ上がり体調は十分ではなかった。
一方ムエタイのブァカーオ(1982年5月8日生まれ⇒年数:2、月数:5、日数:8⇒波動指数36ポイント)は優勝候補のジョン・ウェイン(1976年5月7日生まれ⇒年数:5、月数:5、日数:7⇒波動指数8ポイント)や小比類巻貴之(1977年11月7日生まれ⇒年数:6、月数:11、日数:7⇒波動指数24ポイント)を破り決勝に進んだ。
試合内容はブァカーオの前蹴りに魔裟斗はどうすることも出来ず防戦一方となり判定で負けた。
つまり体調不十分な魔裟斗を無傷のブアカーオの戦いはブァカーオの前蹴りが魔裟斗の顔面に決まり、ひざ蹴りでわき腹を突き上げられ、魔裟斗本来のスピードとパンチに勢いがなかったのである。
そのため判定負けとなった。
(コメント)
私は波動指数が互角だったので初回に対戦させれば違った結果になったのではないかと思っている。
魔裟斗のスピードとパンチは極端におちていた為、本来の状態で対戦すればブァカーオに一方的に負けることはなかったと思える。
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