2004年5月10日に皇太子殿下(1960年2月23日生まれ⇒年数:7、月数:2、日数:5)はヨーロッパ3カ国訪問前の記者会見で次のように発言された。
(抜粋)「雅子にはこの10年自分を一生懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきたが、私の見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアやそのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です。」
この皇太子殿下の発言は世界各国まで大きな波紋を投げかけた。
これに驚いた宮内庁の湯浅利夫長官(1935年10月3日生まれ⇒年数:9、月数:10、日数:3)は「殿下が帰国されたら直接会って真意を聞きたい」と語っていたが、皇太子殿下と宮内庁の意思疎通のないことを暴露した結果となり、結局6月8日に皇太子殿下が真意を文書で公表することになった。
6月8日の皇太子殿下の説明文の要約は次のとおりである。
- 雅子妃殿下(1963年12月9日生まれ⇒年数:1、月数:12、日数:9)のキャリアや人格を否定する動きについての具体的内容については対象を特定して公表することは有益とは思えないので差し控えたい。
- (雅子妃の苦悩の原因について)外国訪問ができない状態が続いたことや、お世継ぎ問題に過度に注目が集まっているがそれだけではない。
伝統やしきたり、プレスへの対応等々の皇室の環境に適応しようとしてきた過程でも大変な努力が必要だった。
- 会見での発言は個々の動きを批判するつもりはなく、(雅子妃の)現状について皆さんに分かっていただきたいと思ったことである。
結果として天皇・皇后両陛下をはじめ、ご心配をおかけしたことについては心が痛む。
- 皆さんに何よりもお伝えしたいことは(雅子妃が)早く健康を回復し、公務に復帰することを希望している。そのためにはいろいろな工夫や方策が必要と考える。公務のあり方も含めて宮内庁とよく話し合っていきたい。
<問題点はどこか?>
- 宮内庁の体質に問題があること。
5月10日の「人格否定発言」以前に皇太子殿下は2004年2月23日の44歳の誕生日会見のときにシグナルを発していた。
雅子妃については「世継ぎ問題のプレッシャーや公務と育児の両立で疲労が蓄積した」と気遣われていたのである。
そのシグナルに全く気づかなかった宮内庁や東宮職に問題がある。
宮内庁の体質は伝統やしきたりを守ることであり、皇太子妃の最大の役割を男子出産と考え、雅子妃の外遊を控えさせていた。
そのため雅子妃の外務省時代のキャリアが生かされることは全くなく、ただ「お世継ぎ」を産むことだけが役割として求められた。
その間に「稽留流産(けいりゅうりゅうざん)」したこともあり、逼塞生活の中で男子出産の重圧に苦しめられてことを「キャリアと人格の否定」という表現になったものと推察する。
- 皇太子・雅子妃殿下に信頼し、相談できる側近が存在しなかったこと。
高円宮(たかまどのみや)憲仁殿下が2年前の11月に47歳の若さで逝去された為、皇太子ご夫妻にとって信頼できる相談相手がいなくなり、雅子妃を孤立させてしまった。
その後、雅子妃に異変が生じ、2003年12月3日には帯状疱疹と診断され、当面治療に専念することになった。
しかし東宮侍医の専門は外科と内科であり「心の病」を十分に診断するこはできず、皇太子殿下は雅子宛の窮状を伝える最後の手段として会見で国民に訴えたのだと推察する。
<対策はどうすべきか>
- 皇室典範を改正して女性天皇を認めるべきである。
古い慣習やしきたりに囚われている限り雅子妃の病状は回復しない。 ある評論家が指摘していたように、皇室典範を変えて、女帝を認めてあげることが必要ではないかと思われる。
皇室とって最も大切なことは天照大神から受け継いでいる天皇の血脈である。
天皇の血脈を守ることである。
明治天皇の孫であり国際政治評論家の中丸薫氏の著書「真実のともし火を消してはならない」(サンマーク出版)のエピローグに「明治天皇の真実」について記載されている。
私はこれを読んで非常に驚いたのであるが、明治維新の真の意味を知った。
明治維新の真意は天皇の血脈を正当な南朝の天皇家に戻す事件であったのである。
北朝の天皇家には足利義満のとき以来,天皇の血脈が流れていない。
そのため天皇家の血脈をもっている南朝に天皇の座を取り戻すために勤皇の志士たちが決起し、明治維新を起こしたというのである。
つまり後醍醐天皇の第11番目の皇子、満良親王の御王孫である大室寅之祐を勤皇の志士である伊藤博文とか桂小五郎たちが担ぎ上げて天皇のすり替えを行ったというのである。
1864年孝明天皇の皇子である睦仁親王が12歳の時、禁門の変が起こった。
女官たちに囲まれて育った睦仁親王は大砲の音と女官たちの泣き叫ぶ声に圧迫され卒倒してしまった。
睦仁親王と寅之祐のすり替えはその時なされ、大室寅之祐が明治天皇として即位したのである。
明治天皇は北朝の末裔、孝明天皇の皇子ではなく、南朝の末裔、大室寅之祐だった。
そのため現在の天皇家は天照大神から受け継いだ血脈が正統に流れているのである。
(CPA東郷の「ヨハネの黙示録」概説、「日ユ同祖論」参照)
- 信頼できる側近の存在が必要である。
側近については皇太子殿下や雅子妃の要望にそって決定されるべきである。
宮内庁はもっと開かれた存在にならなければならないと思う。
<コメント>
- 皇太子・雅子妃殿下の波動指数は次のとおりである。
| |
皇太子 |
雅子妃 |
| 5/10→ |
30ポイント |
51ポイント |
| 6/8→ |
36ポイント |
44ポイント |
雅子妃が稽留流産(けいりゅうりゅうざん)された時が1999.12.30でありトリプル転換点の日であった。
そのためアクシデントが起きたものと推察する。
雅子妃の波動は7月にパーフェクトになるため健康を回復することは間違いないと思われる。
皇太子殿下の勇気ある発言により、雅子妃の窮状を訴えたことによって国民が正しく理解した為、雅子妃も必ず笑顔を取り戻すものと思われる。
- 湯浅利夫宮内庁腸管と林田英樹東宮大夫の波動指数は次のとおりである。
| |
湯浅 |
林田 |
| 5/10→ |
39ポイント |
18ポイント |
| 6/8→ |
39ポイント |
24ポイント |
2人とも官僚出身でありお役所仕事については才能を発揮したであろうが、皇太子のシグナルに全く気づかなかったことを自分の不徳として反省していただきたいと思っている。
臣下としての自覚が不足しているし、日本国の使命についても十分理解していないのではないかと感じられ、長官の器ではないと判断するものである。
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