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2004.5.22 小泉首相 再訪朝も成果あがらず!!
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小泉純一郎首相(1942年1月8日生まれ⇒年数:7、月数:1、日数:8)は、5月22日に北朝鮮を再び訪問し、平壌市内のテドンガン迎賓館で、金成日総書記(1942年2月16日生まれ⇒年数:7、月数:2、日数:7)との首脳会談がなされた。
小泉首相は日本人拉致事件の被害者家族8人全員の帰国と10人の安否不明者の真相を究明したが、安否不明者10人については事実上ゼロ回答の「再調査」となり、拉致被害者家族5人だけが帰国するにとどまった。
曽我ひとみさん(45才)の夫で元米兵のジェンキンスさん(64才)は小泉首相の説得にも難色を示し、2人の娘も「日本で会う前にお母さんが来て欲しい」と繰り返すばかりであった為、「8人全員帰国・来日」のシナリオは崩れた。
妥協案として、後日、北京他第三国で曽我さんとジェンキンスさんたちが再会することになった。
一方、小泉首相は人道的見地から国際機関を通じて25万トンの食糧支援と1000万ドルの医薬品支援をすること、及び、日朝平壌宣言を遵守する限り、経済制裁はしないと表明したのである。
家族会議代表の横田滋さん(71歳)は「考えられる一番悪い結果である」と批判した。
<コメント>
2002.9.17の日朝首脳会談の小泉首相の波動指数は30ポイント(ダブル転換点)で、金成日総書記の波動指数は36ポイントであった。
又、北朝鮮の建国(1948年9月9日生まれ⇒年数:4、月数:9、日数:9)の波動指数は13ポイントであった。
それゆえ金成日ペースで日朝平壌宣言がなされてしまった。
しかし、北朝鮮の国としては波動指数が少ない為、日本からの経済支援は得られなかった。
2004.5.22の日朝首脳会談での小泉首相の波動指数は42ポイントで、金成日総書記の波動指数は25ポイント(ダブル転換点)であり、小泉首相が有利な立場にあった。
しかし結果は横田滋さんが批判したように納得のいくものではなかった。
もう少し有利に展開できたはずである。
拉致家族5人だけの帰国だけでは敗北と認めざるを得ない。
又、北朝鮮の波動指数は25ポイントであり、日本からの経済支援が得られるという意味では前回より良かったといえる。
<追加>
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