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2010.7.11 参院選挙
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政権交代後、初の大型国政選挙となった第22回参院選は11日投開票され、民主党が惨敗し44議席にとどまり与党で過半数を大きく割り込んだ。
自民党51議席、民主党44議席、みんなの党10議席、公明党9議席、社民党2議席、共産党3議席、たちあがれ日本1議席、新党改革1議席となった。
民主党の惨敗の原因は菅直人首相の消費税引上げ発言である。財務官僚に言い包められたことを意味する。
消費税の引上げは最期の手段でありその前にやるべきことが沢山あるはずである。(私は官僚の5割〜7割削減を最優先すべきであると考える。)
確かに公務員改革を断行しようとすると政治とカネの問題で検察官僚から攻撃をうけることになり改革が進展しない状況にある。
自民党議員は官僚に弱みをつかまれているため完全に支配されていた。
民主党議員も同様に官僚に弱みをにぎられていると推定できる。(消費税の引上げ発言は官僚に操縦されていることを意味する。)
1) 注目区
| <東京> |
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○
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(民主) | 蓮舫 | (1967年11月28日生まれ⇒年数:5、月数:11、日数:1 波動指数→25ポイント) |
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○
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( 〃 ) | 小川 敏夫 | (1948年3月18日生まれ⇒年数:4、月数:3、日数:9 波動指数→33ポイント) |
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○
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(自民) | 中川 雅治 | (1947年2月22日生まれ⇒年数:3、月数:2、日数:4 波動指数→33ポイント) |
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○
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(公明) | 竹谷 とし子 | (1969年9月30日生まれ⇒年数:7、月数:9、日数:3 波動指数→44ポイント) |
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○
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(みんな) | 松田 公太 | (1968年12月3日生まれ⇒年数:6、月数:12、日数:3 波動指数→39ポイント) |
| (共産) | 小池 晃 | (1960年6月9日生まれ⇒年数:7、月数:6、日数:9 波動指数→33ポイント) | |
| (創新) | 山田 宏 | (1958年1月8日生まれ⇒年数:5、月数:1、日数:8 波動指数→26ポイント) |
| <千葉> |
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○
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(民主) | 小西 洋之 | (1972年1月28日生まれ⇒年数:1、月数:1、日数:1 波動指数→14ポイント) |
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○
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(自民) | 猪口 邦子 | (1952年5月3日生まれ⇒年数:8、月数:5、日数:3 波動指数→36ポイント) |
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○
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(みんな) | 水野 賢一 | (1966年7月2日生まれ⇒年数:4、月数:7、日数:2 波動指数→21ポイント) |
| (民主) | 道 あゆみ | (1966年1月16日生まれ⇒年数:4、月数:1、日数:7 波動指数→32ポイント) | |
| (自民) | 椎名一保 | (1952年1月15日生まれ⇒年数:8、月数:1、日数:6 波動指数→50ポイント) |
| <神奈川> |
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○
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(民主) | 金子 洋一 | (1962年6月28日生まれ⇒年数:9、月数:6、日数:1 波動指数→15ポイント) |
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○
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(自民) | 小泉 昭男 | (1945年10月6日生まれ⇒年数:1、月数:10、日数:6 波動指数→21ポイント) |
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○
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(みんな) | 中西 健治 | (1964年1月4日生まれ⇒年数:2、月数:1、日数:4 波動指数→17ポイント) |
| (民主) | 千葉 景子 | (1948年5月11日生まれ⇒年数:4、月数:5、日数:2 波動指数→17ポイント) |
| <山梨> |
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○
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(民主) | 輿石 東 | (1936年5月14日生まれ⇒年数:1、月数:5、日数:5 波動指数→10ポイント) |
| (自民) | 宮川 典子 | (1979年4月5日生まれ⇒年数:8、月数:4、日数:5 波動指数→43ポイント) |
| <静岡> |
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○
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(民主) | 藤本 祐司 | (1957年2月16日生まれ⇒年数:4、月数:2、日数:7 波動指数→36ポイント) |
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○
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(自民) | 岩井 茂樹 | (1968年6月2日生まれ⇒年数:6、月数:6、日数:2 波動指数→20ポイント) |
| (民主) | 中本 奈緒子 | (1979年6月4日生まれ⇒年数:8、月数:6、日数:4 波動指数→36ポイント) | |
| (みんな) | 河合 純一 | (1975年4月19日生まれ ⇒年数:4、月数:4、日数:1 波動指数→21ポイント) |
| <大阪> |
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○
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(民主) | 尾立 源幸 | (1963年10月9日生まれ⇒年数:1、月数:10、日数:9 波動指数→12ポイント) |
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○
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(自民) | 北川 イッセイ | (1942年12月1日生まれ⇒年数:7、月数:12、日数:1 波動指数→51ポイント) |
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○
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(公明) | 石川 博崇 | (1973年9月12日生まれ⇒年数:2、月数:9、日数:3 波動指数→17ポイント) |
| (民主) | 岡部 まり | (1960年1月22日生まれ⇒年数:7、月数:1、日数:4 波動指数→44ポイント) | |
| (みんな) | 川平 泰三 | (1957年2月18日生まれ⇒年数:4、月数:2、日数:9 波動指数→33ポイント) |
| <京都> |
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○
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(民主) | 福山 哲郎 | (1962年1月19日生まれ⇒年数:9、月数:1、日数:1 波動指数→23ポイント) |
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○
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(自民) | 二之湯 智 | (1944年9月13日生まれ⇒年数:9、月数:9、日数:4 波動指数→26ポイント) |
| (民主) | 河上 満栄 | (1971年5月28日生まれ⇒年数:9、月数:5、日数:1 波動指数→15ポイント→完全な大物) |
| <愛知> |
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○
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(民主) | 斉藤 嘉隆 | (1963年2月18日生まれ⇒年数:1、月数:2、日数:9 波動指数→24ポイント) |
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○
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( 〃 ) | 安井 美沙子 | (1965年9月11日生まれ⇒年数:3、月数:9、日数:2 波動指数→22ポイント) |
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○
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(自民) | 藤川 政人 | (1960年7月8日生まれ⇒年数:7、月数:7、日数:8 波動指数→40ポイント) |
| (みんな) | 薬師寺 道代 | (1964年5月3日生まれ⇒年数:2、月数:5、日数:3 波動指数→9ポイント) |
| <山口> |
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○
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(自民) | 岸 信夫 | (1959年4月1日生まれ⇒年数:6、月数:4、日数:1 波動指数→24ポイント) |
| (民主) | 原田 大二郎 | (1944年4月5日生まれ⇒年数:9、月数:4、日数:5 波動指数→25ポイント) |
| <島根> |
○ |
(自民) | 青木 一彦 | (1961年3月25日生まれ⇒年数:8、月数:3、日数:7 波動指数→60ポイント) |
| (民主) | 岩田 浩岳 | (1975年11月28日生まれ⇒年数:4、月数:11、日数:9 波動指数→25ポイント) |
| <秋田> |
○ |
(自民) | 石井 浩郎 | (1964年6月21日生まれ⇒年数:2、月数:6、日数:3 波動指数→9ポイント) |
| (民主) | 鈴木 陽悦 | (1949年1月10日生まれ⇒年数:5、月数:1、日数:1 波動指数→23ポイント) |
| <栃木> |
○ |
(自民) | 上野 通子 | (1958年4月21日生まれ⇒年数:5、月数:4、日数:3 波動指数→24ポイント) |
| (民主) | 簗瀬 進 | (1950年4月23日生まれ⇒年数:6、月数:4、日数:5 波動指数→28ポイント) |
2) 比例区(主な当選者)
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○
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(民主) | 谷 亮子 | (1975年9月6日生まれ⇒年数:4、月数:9、日数:6 波動指数→32ポイント) |
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○
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( 〃 ) | 有田 芳生 | (1952年2月20日生まれ⇒年数:8、月数:2、日数:2 波動指数→53ポイント) |
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○
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(自民) | 片山 さつき | (1959年5月9日生まれ⇒年数:6、月数:5、日数:9 波動指数→18ポイント) |
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○
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( 〃 ) | 佐藤 ゆかり | (1961年8月19日生まれ⇒年数:8、月数:8、日数:1 波動指数→41ポイント) |
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○
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( 〃 ) | 三原 じゅん子 | (1964年9月13日生まれ⇒年数:2、月数:9、日数:4 波動指数→17ポイント) |
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○
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(自民) | 山谷 えり子 | (1950年9月19日生まれ⇒年数:6、月数:9、日数:1 波動指数→26ポイント) |
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○
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(社民) | 福島 瑞穂 | (1955年12月24日生まれ⇒年数:2、月数:12、日数:6 波動指数→33ポイント) |
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○
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(共産) | 市田 忠義 | (1942年12月28日生まれ⇒年数:7、月数:12、日数:1 波動指数→51ポイント) |
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○
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(改革) | 荒井 広幸 | (1958年5月15日生まれ⇒年数:5、月数:5、日数:6 波動指数→24ポイント) |
<コメント>
副島隆彦・佐藤優著「小沢革命政権で日本を救え」の要約
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2010年6月2日の鳩山首相と小沢幹事長のダブル辞任は霞ヶ関官僚によるクーデターであった。
官僚は国民を平気で切り捨てる。官僚は国家試験に合格した偏差値エリートによって日本国家が支配されるべきと考える。
検察官僚は小沢一郎を叩き潰す役割、外務官僚と防衛官僚は日米同盟を破壊する鳩山由紀夫を封じ込める役割を分担して戦った。
日本の外務官僚や日米安保利権屋が実際には存在しない「アメリカの意向」を煽動し情報操作を行っている。
この闘争で官僚が勝利すると日本はファシズム国家になってしまう。
官僚たちは菅直人新首相をうまく操作できると考えている。
9月に官僚達は菅直人首相を自分達の統制下に置くか、それとも妥当するか、国家の支配権を官僚の手に帰するようにするための勝負をかけるはずである。
その時、小沢一郎が南朝の忠臣・楠木正成のように官僚との戦いに再び立ち上がると考える。
A
2010年2月4日、小沢一郎幹事長は政治資金虚偽記載に加担した証拠が不十分として不起訴とされた。
検察としては「社会正義を担う検察」対「悪の代表者・小沢一郎」という図式を作ろうとして石川和裕議員を逮捕することで、その図式につなげようとした。
検察は、ブッシュ時代のアメリカとのつながりでアメリカの盾が自分達にあると勘違いして突き進んでいる。
しかし検察にはアメリカの後ろ盾は無い。小沢一郎の親分であるジェイ・ロックフェラー(ロックフェラー4世)が小沢一郎の盾となったからである。
ロックフェラー4世に頼まれたアイケル・アマコスト元大使などが小沢逮捕阻止に動いたからである。
2010年2月2日にアメリカのカート・キャンベル国務次官補とジョン・ルース駐日大使が小沢幹事長と会見した。
その時すでに「小沢不起訴」がアメリカによって決められていた。
アメリカは小沢を検察に逮捕させなかった代わりにアメリカの言うことを聞けと迫った。しかし小沢一郎はこの恫喝に屈しなかった。(ロックフェラー4世が後ろ盾となっているからと思われる。)
B
岡田克也外務大臣は典型的な官僚タイプの政治家である。大学で教わったとおりにやる秀才タイプである。
それゆえ普天間基地移設問題で「県外・国外への移設」と発言していたが、ロバート・ゲーツ国防長官に恫喝されると「県内しか移設候補地はない」と転向してしまった。
真面目な官僚が政治家になると岡田外相のようになってしまうということである。
C
外務省の密約隠蔽問題で岡田外相は「密約の問題は外交に対する国民の不信感を高めている。事実を徹底的に明らかにし国民の理解と信頼に基づく外交を実現していく必要がある。」と表明した。
密約文書とは@核持込みに関する密約 A朝鮮有事に関する密約 B有事の際に沖縄への核持込みを認めた密約 C沖縄返還時の費用400万ドルなどを肩代わりする密約である。
この4つ密約はアメリカ側の公開文書で存在が明らかになっているが、外務省は「密約は無い」と答弁してきた。これは外務省の幹部官僚を含む責任問題に発展するはずだった。
ところが、岡田外相は官僚を助ける仕組みを作ってしまった。
「免罪を与えないと外務省の職員は調べようとしない」ということで岡田外相には改革が出来ないことが判明した。
D
小沢対官僚機構の闘争で官僚が勝利すると日本にファシズム国家が生まれる。
日本官僚機構との戦いに勝たねばならない。鳩山政権を打ち倒したのはアメリカと深く連携する売国若手官僚達である。
2010年6月8日に菅直人新内閣を発足させたが菅首相は小沢一郎を幹事長に再任しなかった。
菅直人はG20会議に出席した時、アメリカに寝返ったからである。
言わなくてもいいはずの消費税値上げを言い出したことは、どうやら菅直人は財務官僚達とアメリカの言うことを良く聞く人間になってしまった。
国家予算で足りない分の20兆円は特別会計(埋蔵金は約200兆円あることが判明している。財務官僚達が隠し持っていたのである。)から引き出せば良いのである。
これ以上国民を虐める増税に加担してはいけない。
長年、アメリカに貢いできた総額800兆円にものぼる日本国民の大切な資金(そのうち多くはアメリカの国債になっている。)のうちから「半分でも返してくれ」と日本の本当の指導者(政治家)なら言うべきである。
官僚達の尻馬に乗って日本国民に増税を強いようとする菅政権は民主党政権の理念を汚すことになる。
官僚機構と日本国民に嘘ばかり伝えて煽動するテレビ、新聞とアメリカの日本操り対策班(ジャパン・ハンドラーズ)の3つの連合軍という敵が包囲している。
それゆえ今は、包囲網の外側に逃れ出るべきだ。アメリカは菅直人首相、岡田外相までも自勢力に取り込んできた。
9月の民主党代表選まで雌伏すべきだ。小沢一郎が官僚との戦いに立ち上がる時期がやがて到来する。
※W杯南アフリカ大会は、たこのパウル君の占いどおりスペインがオランダを破り、初優勝した。
三位決定戦もパウル君の占いどおりドイツがウルグアイに勝った。
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