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2009年7月 K−1 WORLD MAXとトリプル世界戦
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(1)K−1 WORLD MAX 2009 (2009.7.13)
@魔娑斗(1979年3月10日生まれ⇒年数:8、月数:3、日数:1 波動指数:36ポイント) 対 川尻達也(1978年5月8日生まれ⇒年数:7、月数:5、日数:8 波動指数:42ポイント) 戦
魔裟斗は引退を表明し引退するまでに3試合することを宣言した。第1試合はHIROYA戦でありエキシビジョンマッチとなった。第2試合修斗のクラッシャー川尻達也戦であった。
私は当初から魔裟斗が勝つだろうと思っていた。その理由はパンチとキックだけで戦うと川尻が宣言したからである。
総合格闘技は打撃の他に寝技、関節技、絞め技などがあり、立ち技最強の魔裟斗といえどもタックルからマウントポジションを奪われてはなす術もない。
それゆえ打撃以外の技を封印した川尻では魔裟斗の敵ではないと思ったのである。
川尻はトリッキーな動きで魔裟斗を攻めたが、魔裟斗はその動きを見極め、初回に右ストレートでダウンを奪い2回にはロープに詰めてアッパーの連打により一方的展開となった。
川尻のセコンドからタオルが投入され魔裟斗のTKO勝ちとなった。
A山本KID徳郁(1977年3月15日生まれ⇒年数:6、月数:3、日数:6 波動指数:54ポイント) 対 チョン・ジュヒ(1986年5月29日生まれ⇒年数:6、月数:5、日数:2 波動指数:33ポイント) 戦
神の子KIDは5月の復帰戦では実力を発揮できず不完全燃焼状態であった。そのため今回の復帰第2戦はKO勝ちが期待されていた。
チョン・ジュヒは韓国ムエタイ三冠王であり強敵であった。開始1分すぎにKIDはカウンターの右フックを放った。しかし、その直後チョンの右アッパーと左フックをあごに食らって頭からリングに沈んだ。KIDの完敗である。
KIDは右ヒザ手術により約1年半ほど試合から遠ざかった。それゆえ試合感が戻っていないといえる。このような試合が続いたらファンから見放される可能性がある。
BHIROYA(1992年1月6日生まれ⇒年数:3、月数:1、日数:6 波動指数:26ポイント) 対 キコ・ロペス(1984年1月4日生まれ⇒年数:4、月数:1、日数:4 波動指数:25ポイント) 戦
魔裟斗の後継者HIROYAは1回にロペスの右フックを食らいスリップダウンを喫するが、2回にはロペスをコーナーにつめダウンを奪うとロペスは力つきてしまった。
HIROYAの判定勝ちであった。
C山本優弥(1984年7月15日生まれ⇒年数:4、月数:7、日数:6 波動指数:22ポイント) 対 ドラゴ(1985年3月8日生まれ⇒年数:5、月数:3、日数:8 波動指数:45ポイント) 戦
日本人で唯一準々決勝に進んだのが山本優弥である。魔裟斗が引退し佐藤嘉洋もドラゴに負けてしまったので山本優弥だけが残った。
山本はドラゴと真っ向から打ち合い、手数でも勝っていた。そのため決め手はなかったが、山本の判定勝ちとなった。
D山本篤(1980年10月2日生まれ⇒年数:9、月数:10、日数:2 波動指数:12ポイント) 対 渡辺一久(1983年5月18日生まれ⇒年数:3、月数:5、日数:9 波動指数:24ポイント) 戦
辰吉丈一郎の弟子である渡辺一久が打撃の違いを見せつけ、KIDの弟子山本篤を圧倒した。
渡辺のパンチが当たり山本は3度ダウンしてKO負けとなった。
Eアンディ・サワー(1982年11月9日生まれ⇒年数:2、月数:11、日数:9 波動指数:31ポイント) 対 アルトゥール・キシェンコ(1986年11月14日生まれ⇒年数:6、月数:11、日数:5 波動指数:46ポイント) 戦
サワーは魔裟斗の天敵であり魔裟斗に2度勝っている。キシェンコは若手NO.1の成長株であり今後のK−1を担う人物である。
試合は互角の打ち合いで延長戦となった。スタミナ勝負となり、スタミナのあるサワーが判定勝ちとなった。
Fジョルジオ・ペトロシアン(1985年12月10日生まれ⇒年数:5、月数:12、日数:1 波動指数:39ポイント) 対 アルバート・クラウス(1980年8月3日生まれ⇒年数:9、月数:8、日数:3 波動指数:14ポイント) 戦
ペトロシアンはサワーにもかっているので注目している選手である。初代王者のクラウスも善戦したが、パワーでペトロシアンに圧倒され、判定で敗れた。
(2)トリプル世界戦 (2009.7.14)
@WBC世界バンタム級タイトルマッチ
長谷川穂積(1980年12月16日生まれ⇒年数:9、月数:12、日数:7 波動指数:27ポイント) 対 ネストール・ロチャ(1982年9月7日生まれ⇒年数:2、月数:9、日数:7 波動指数:23ポイント) 戦
長谷川穂積の目標は「勇気と感動を与えるチャンピオンになること」であり、「圧倒的強さで勝つこと」が信条である。今回も圧倒的強さで9度目の防衛に成功した。
1回、長谷川の左ストレートからの右フックでロチャはダウンした。これで勝負はついた。
ロチャが2度目のダウンをした時、レフェリーはロチャがファイティングポーズをとれないことを確認して試合を止めた。わずか1分28秒であった。
4連続KO勝ちは具志堅用高以来、30年ぶりの快挙である。長谷川のパンチ力はバンタム級以上であり、2階級、3階級制覇も夢ではない。
AWBC世界フェザー級タイトルマッチ
粟生隆寛(1984年4月6日生まれ⇒年数:4、月数:4、日数:6 波動指数:24ポイント) 対 エリオ・ロハス(1982年9月25日生まれ⇒年数:2、月数:9、日数:7 波動指数:23ポイント) 戦
ロハスは2001年の世界選手権銅メダリストであり、粟生にとって最強の挑戦者だった。初回からロハスはスピードを生かしたトリッキーな動きを示した。
粟生は手が出せずカウンターねらいのため様子を見ているだけであり、手数はロハスの方が多くポイントでは大差がついた。
それでも7回は粟生のパンチが入りロハスはダウン寸前となったが、クリンチで逃げ粟生の腕をホールドして、粟生に攻撃させないようにした。
9回も同様に粟生のパンチがヒットしロハスを追い込んだが、ホールド気味のクリンチで逃げられてしまった。粟生にはKO勝ちしか勝つ見込みがなかった。
その後も試合運びのうまいロハスに逃げられ粟生は初防衛に失敗した。粟生はロハスに自分のボクシングをさせてもらえなかった。
スピードもテクニックもあり手数も多いロハスに勝つには、長谷川のようにラッシュして回転のあるパンチを出し続ける以外にないと思える。
BWBC世界ミニマム級タイトルマッチ
ローマン・ゴンサレス(1987年6月17日生まれ⇒年数:7、月数:6、日数:8 波動指数:37ポイント) 対 高山勝成(1983年5月12日生まれ⇒年数:3、月数:5、日数:3 波動指数:15ポイント) 戦
王者・ゴンサレスは23戦全勝20KO勝ちという怪物である。高山は1ヶ月前練習中に左目の上を負傷し9針を縫った。
本格的なスパーリングを再会できたのは約2週間前という。無敵の王者相手に準備期間が短すぎた。
6回に負傷中の左目の上を切り、手数とフットワークで対抗し9回にはボディへの連打で王者の足を止めたが、終盤はダウンを避けるのが精一杯でKO負けだけを逃れた。
波動指数どおりの結果だったといえる。
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