飛鳥昭雄・三神たける著 「預言石板の謎と日本ムー文明」の要約

1.失われたムー大陸は超大陸パンゲアだった

ムー大陸(超大陸パンゲア)は地球上に最初に人類が誕生した母なる大地であり、現代文明を凌駕するほど高度な社会が築かれ地上の楽園であった。

祭司にして支配者である太陽王「ラ・ムー」が平和の名のもとに統治していたムー帝国は、人口6400万人を擁し、巨大な石造建造物をはじめ、都「ヒラニプラ」は金や銀、象牙、不思議な金属であふれていた。

その影響力は海を越えて古代エジプトやアメリカ大陸、そしてインドにまで及んだ。

しかし今から約1万2000年前、突如襲った天変地異によって超古代文明は崩壊し、ムー大陸は一夜にして大地震と大津波によって海の底へと姿を消した。

残ったのは高い山頂のみで、それがポリネシアの島々になった。

かつての栄光はイースター島のモアイ像やポンペイ島のナンマドール遺跡にその記憶を残すだけとなった。

ムー大陸とは太平洋上に存在した大陸のことであるが、この太平洋を現代人が見ている太平洋だとすればムー大陸は存在しない。

太平洋の海底を分析すると大陸を構成する地殻が存在しないのである。

それゆえ地球科学者がムー大陸の存在を認めることは無い。

地球上に唯一存在した大陸があった。

それが超大陸パンゲアである。

かつて太平洋上に存在し、失われた大陸をムーと呼ぶならば、それは超大陸パンゲアに他ならない。

原始地球において超大陸パンゲアは一度完全に水没している。

地球規模の大洪水が起こったからである。

これを如実に伝えるのが「旧約聖書」に記された「ノアの大洪水」である。

創世記の伝承はムー帝国に遡るものであり、ノアの大洪水はムー大陸の沈没を伝えたものである。

月は内部に大量の水を抱えた氷天体だった。

今から4500年前、突如地球に接近した月は潮汐作用により地殻が破壊され、内部の水がスプラッシュし、宇宙空間で急速に冷却された熱水が地球上へと降り注ぎ超大陸パンゲアを水没させてしまった。

同時に天体の異常接近によって地球内部のマントルが相転移を起こし、急膨張を開始したのである。

世界中の大陸や島々がすべてムー大陸の一部だったのである。

アジアの文明の源泉は太平洋に沈んだムー大陸にあり、日本はその超古代文明の継承者であったのである。

天皇は天照大神の子孫であり、祭司にして王の現人神である。

それは太陽王ラ・ムーそのままである。

永遠なる楽園の都ヒラニプラは平安京に該当するといえる。

2.邪馬台国の真実の所在地 

邪馬台国論争とは邪馬台国がどこにあったのかという論争であり九州説と機内説が対立している。

どちらも「魏志倭人伝」の記述ミスがあることを前提に解釈しているにすぎなかった。

真実は現在のような日本列島ではなかったことに原因があったのである。

李氏朝鮮で作成された地図に「混一疆理歴代国都之図(こんいつきょうりれきだいこくとのず)」と呼ばれる一枚の地図がある。

これは「行基図」を写したと言われているが、日本列島が南北逆さまに描かれているのである。

「行基図」は奈良時代の僧・行基が描いたとされる地図で北海道を除く日本列島が細長く南北逆転して描かれている。

邪馬台国の時代、中国人の頭の中に逆転日本列島という地理観があったとすれば「魏志倭人伝」に反映されてもおかしくない。

「魏志倭人伝」の記述が現実の地理と整合性がないというなら日本列島の方が動いたということになる。

事実、古地磁気を分析した結果、東日本列島は青森県を中心にして反時計回りに回転し、西日本列島は九州北部を中心として時計回りに回転したことが判明している。

北海道は東北アジアから時計回りに分離し、東日本列島と同じく一気にフィリピン沖まで南下し、そこから反時計回りに大きく回転していたことが読み取られている。

邪馬台国時代の日本列島は南北逆転していたことは事実である。

それゆえ「魏志倭人伝」の記述どおり進むと三輪山の麓に広がる纏向遺跡こそ邪馬台国の中心地だったことが判明したのである。

*邪馬台国論争の元凶は「魏志倭人伝」の記述と現実の地理が一致しないことにあった。

過去の日本列島が現在の日本列島よりも約90度時計回りに回転した状態にあったことに気づけば邪馬台国の所在地は畿内説が正しいことがわかるのである。

3.日本列島の形成 

4500年前、地球はノアの大洪水に見舞われた。

超大陸パンゲアが水没し、地球の急激な膨張と共に分裂し、地殻変動によってプレートが高速で移動を開始した。

それに伴い日本列島も形成されていく。

二つの日本列島が太平洋上にあった時代、アメリカ大陸を故郷とするポリネシア人たちが上陸した。

東日本列島にはインカ系のインディオが中心となりイヌイット(エスキモー)を吸収すると共に縄文文化を形成し、狗奴国(くなこく)連合を形成した。

西日本列島にはマヤ系のインディアンたちが中心となって弥生文化を形成していった。

彼らは中国の稲作を導入することによって邪馬台国連合を形成した。

しかし卑弥呼が邪馬台国の女王として担ぎ出される直前、日本列島に大事件が起き、東西の日本列島が回転しながら衝突したのである。

フォッサマグナは東日本列島と西日本列島が衝突して出来た構造線である。

皮肉なことに最終的に東西の日本列島を手中に収めたのは狗奴国でも邪馬台国でもない第三の勢力が瞬く間に日本列島を征服していった。

日本列島が急激に移動を開始したことは地球規模で地殻変動が起こったことを意味している。

この状況を勝機とにらんだ夫余系騎馬民族は朝鮮半島南部から九州へ上陸し、そこから畿内へと侵攻してきたのである。

瞬く間に邪馬台国を征服し、王家は邪馬台国の王族に入り婿する形で王権を継承し、大和朝廷を開くことになる。

日本列島を征服した騎馬民族は夫余系である。

夫余族は高句麗や百済の王家と連なる民族でモンゴロイドである。

中でも重要なことは古代イスラエルの血統であったことである。

失われたイスラエル支族の本隊は北極圏を目指したがガド族に率いられた一軍は朝鮮半島から日本列島へと侵入してきたのである。

古代天皇がイスラエルの血を引いているという事実はアメリカ大陸からやってきたインディアンやインディオたち(縄文人と弥生人)との関係でも重要になってくる。

熊襲や隼人の琉球民族は西日本列島の先住民であり弥生文化を担ってきた。

東日本列島のアイヌもアメリカ大陸からやってきた。

アイヌと琉球民族はインカ文明やマヤ文明を築いたインディオたちと同じ血を分け合っている。

ホピの一族が分かれて北米から中米へと至った一派があり、中米で巨大な都市を築いたのがマヤやアステカであり、南下を続けて南米に至ったのがインカ文明を築いたインディオたちである。

つまりホピ族こそインディアンやインディオたちの本家なのである。

4.沖縄ロゼッタストーンの謎 

ホピ族は神々の言葉に従って生きている。

アイヌや琉球民族にとっても本家といえるホピ族の伝統に沖縄ロゼッタストーンを解読する手がかりがある。

絶対神が預言石板を引き裂き、それをホピ族の支族である「白い兄弟パハナ」に与えた。

パハナたちは預言石板の一部を携えて東の海へと船出し、そのままいずこへと姿を消した。

預言によればホピ族が迫害され、世の終わりが近づいた時、失われた白い兄弟パハナが現れる。

パハナは欠けた預言石板の一部を携えてくる。

ホピ族にとってポリネシア人やアイヌや琉球民族もパハナの末裔である。

沖縄ロゼッタストーンは古代マヤ文明の流れを汲むものである。

沖縄ロゼッタストーンの「N形文字」が古代ヘブライ文字のヨッドであり、それ一字で絶対神ヤハウェを表している。

同時にそれがイエス・キリストの象徴でもあるとすれば琉球民族が最高神として崇めた神はマサウやククルカーン、ケツァルコアトルといった白神も同一神である。

沖縄ロゼッタストーンはイエス・キリストの預言石板である。

絶対三神の象徴「」が沖縄ロゼッタストーンに刻み込まれている。

これは古代琉球人がカッバーラを知っていたことの証である。

 

 

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