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9月〜10月の格闘技について
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1)2007年10月11日 WBC世界フライ級選手権
WBC世界フライ級王者の内藤大助(1974年8月30日生まれ⇒年数:3、月数:8、日数:3 波動指数:21ポイント)対 同級14位の亀田大毅(1989年1月6日生まれ⇒年数:9、月数:1、日数:6 波動指数:27ポイント→ダブル転換点)戦が有明コロシアムで行われた。
チャンピオンの内藤大助は、初回から経験差を見せつけ断然有利な戦いをした。
一方の亀田大毅はガードを固め、ベタ足で突進するだけで手数がなく内藤にポイントを奪われていく。
あせった亀田は最終12回に反則行為であるレスリング技で内藤を投げてしまった。
このため減点3をとられた。
減点3は前代未聞の出来事であり、亀田の品位の無さを暴露してしまった。
大差の判定で、内藤大助が日本人最年長防衛記録(33歳1ヶ月)で初防衛に成功した。
<コメント>
亀田大毅は自分よりも強い相手と戦っていないためテクニックが進化しないのである。
亀田大毅の反則行為はボクシングの品格を汚すものであり、厳罰が必要である。
*10月13日のスポーツ新聞には、父・史郎と兄・興毅が反則指示をしたと書かれていたが、亀田親子はボクシングを喧嘩の手段か金儲けの手段としか考えていないことが判明してしまった。
品格のあるボクシングを汚してしまったことは非常に残念である。
2)2007年10月3日 K−1 WORLD MAX
1.魔裟斗(1979年3月10日生まれ⇒年数:8、月数:3、日数:1 波動指数:24ポイント)は、初戦の相手に最強王者・ヴァカーオ(1982年5月8日生まれ⇒年数:2、月数:5、日数:8 波動指数:42ポイント)を指名し、最高の状態で対戦した。
魔裟斗は初回に右ストレートでヴァカーオからダウンを奪い、有利に戦った。
結果は判定で魔裟斗が勝ったが、ヴァカーオのローキックで魔裟斗の足は破壊されていた。
<コメント>
28歳の魔裟斗は1日に3試合をこなす世界一決定トーナメントから完全撤退することを宣言した。
2005年の時は、初戦でザンビディスに勝つも足を負傷した為、2回戦を出場辞退している。
そのため完全な体調の時、最強王者・ヴァカーオとの対戦を望んだのである。
1日1戦であれば魔裟斗が最強であると思う。
2.魔裟斗 対 アンディ・サワー戦
初戦のヴァカーオとの戦いで痛めた魔裟斗の右スネと左の太ももは限界だった。
2戦のキシェンコ(1986年11月14日生まれ⇒年数:6、月数:11、日数:5 波動指数:26ポイント)は魔裟斗の敵ではなかったのでKO勝ちしたが、アンティ・サワー(1982年11月9日生まれ⇒年数:2、月数:11、日数:9 波動指数:23ポイント)は優勝経験があり、ヴァカーオに次ぐ強い選手である。
それゆえ魔裟斗は短期決戦で開始から激しく攻めた。
しかしサワーのローキックが次第に魔裟斗の闘う気力を奪っていった。
2回終了後のゴングが鳴ると、魔裟斗は足を引きずってコーナーに戻った。
3回の開始ゴングを待たず、タオルが投げ込まれ、魔裟斗はまたしても優勝を逃した。
<コメント>
サワーを初回でKOしない限り優勝は無理だと悟った魔裟斗は、猛ラッシュした。
そのため確かに1回は魔裟斗有利であった。
しかし2回はサワーに反撃され、サワー有利となり3回が勝負の時だった。
2回終了後に魔裟斗は見せてはならない状態を観衆の前に晒してしまった。
足を引きずってコーナーに戻ったのである。
この時、魔裟斗の足は限界だったのだと感じだ。
敗戦後、魔裟斗は記者会見で「世界一決定トーナメントには出ない。しかし現役は続行し、大みそかのダイナマイトには出場したい」と語った。
3.2007年9月29日 K−1 ワールドGPソウル大会
沢屋敷純一(1989年9月13日生まれ⇒年数:4、月数:9、日数:4 波動指数:40ポイント)対 藤本祐介(1975年7月22日生まれ⇒年数:4、月数:7、日数:4 波動指数:36ポイント)との対決は、日本人最強決定戦でもある。
武蔵を破った藤本祐介は、現在日本人最強であり、ジェローム・レ・バンナを破った沢屋敷純一は破竹の勢いで勝ち進んでいる新鋭である。
1回に藤本のパンチを受け、沢屋敷の鼻から大量の血が流出した。
ドクターチェックを受けても出血が止まらず、ドクターストップかと思われた。
しかし沢屋敷は開き直り、攻め続けた。
2回に左右のハイキックをヒットさせ、2度のダウンを奪い有利となった。
3回にはスタミナ切れの藤本から3度目のダウンを奪いKO勝ちとした。
<コメント>
沢屋敷選手のコメントがすごいので紹介したい。
「人間は動き出す寸前に必ず気配ができる。それをつかめば相手よりも早く攻めることができる。」
このコメントは6次元以上の意識がなければ言えないコメントであり、合気道の神様をと称された植芝盛平氏のエピソードを想起させる。
植芝盛平氏は宇宙即我の境地になり武道でも悟ることができることを証明した偉人である。
植芝氏には、弾丸の奇跡が気配でわかり、それを避けて鉄砲で撃った相手を倒したというエピソードがある。
沢屋敷選手は気配がわかる希な選手であり、今後の活躍を期待したい。
4.2000年9月17日 HERO'S ミドル級
山本"KID"徳郁(1977年3月15日生まれ⇒年数:6、月数:3、日数:6 波動指数:23ポイント)は、アマチュアレスリングに専念し全日本選手権で右ひじを負傷したが、アマレスで磨いた寝技特訓で闘うスタイルの幅を広げた。
一方のビビアーノ・フェルナンデス(1980年3月30日生まれ⇒年数:9、月数:3、日数:3 波動指数:29ポイント)は寝技のスペシャリストであり、果たして神の子キッドの寝技はフェルナンデスに通用するのか見ものであった。
結果は、キッドの寝技はフェルナンデスに通用しなかったが、総合力で優るキッドの判定勝ちとなった。
<コメント>
HERO'Sでは、パンチ、キック、寝技(関節技も含む)の三拍子が揃うことが最強の条件である。
キッドがその領域に到達できるか見守りたい。
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