3次元の簿記導入のために - 利速会計入門

1.はじめに
  1. 1984年に井尻雄士著「三式簿記の研究」が出版された。その本は3次元の簿記といえる画期的な本であった。しかし複式記入問題の半分に解を与えるものであり、残りの半分については未解決であった為、三式簿記を実務化するには困難であった。

    ところが井尻雄士先生はカーネギー・メロン大学の協力を得て、1990年6月に三式簿記導入のための前段階として「利速会計入門」を出版した。この本は従来の財産・利益の計算だけでは発生しなかった新しい次元でのデータを経営者・投資家のために提供するものであり、会計に微積分を展開した革命的な本であった。

    私はこの本を永田町にある国会図書館でコピーして電車の中で読んだ時、難しいと感じた。しかし自宅に帰って腰を落ちつけ電卓たたきながら仕訳をチェックしていくことによってすべて理解することができた。難しいと感じたのは新しい用語と概念がわからず戸惑ったからである。新しい用語と概念を理解すれば、従来の会計にある原価計算と同じ発想であると思ったのである。

    原価計算は費用の一部である原価(製品原価・製造原価)の変動を釈明するシステムであるのに対し、利速計算は利益を時間で微分した変動率(利速)の測定を基本とするものである。

    原価計算が原価節減を目的とするのに対し、利速計算は利速の向上を目的としている。

  2. 利益の速度=利速とはどういうことか?

    利速とは利益を時間で微分した概念であり、利益の時間に対する変動率を意味する。測定単位は「速額」であり、月当たり何円とか年当たり何円とか用いる。例えば月当たり100円とすれば100円/月で表示される。

    従来の会計では「純財産額」が不変であれば利益(業績)はゼロであるが、利速会計では「純利速額」が不変であれば業績がゼロとなる。

    自動車に例えると、従来の会計がその走行距離で業績を求めていたのに対し、利速会計では速度の向上によって業績が決まる。

    定速で運転していたのであれば、いくら利益があがっていても業績はゼロと考えるため厳しいといえる。

  3. 利速会計は一朝一夕に実務化できるものではなく相当の年月と努力が必要である。利益差異分析というようなところから出発し、少しずつ精度を高めていく努力が必要である。
2.利速会計の基本構造

利速とは何か?
  1. 利益の測定値を時間で微分したものを利速という。時間で微分するとは、ものごとの変動を、そのまま測定して報告するものではなく、その利益の時間に対する変動率を測定・報告するものである。

    例えば自動車の距離計の数値ではなく、その距離数を時間で微分した速度計の数値を測定・報告するようなものである。

    利速とは利益項目の経常的なものにつき、繰り返し起こる「慣性」を利益の速度として測定したものである。

  2. 利益が円で測定されるのに対し、その時間に対する変動率は「月当たり何円」という単位で測定表示される。(月100円というのを、100円/月と表す)

  3. 利益がフローであるのに対し、その変動率はストックである。フローというのは2時点を指定して、その間どれだけの変動があったかということで決まる。ところが変動率はストックで1時点の指定だけで測定・表示される。

  4. 利速が経常的に発生する収益費用の項目又は経常的に発生するものとみなしうる項目についてのみ測定表示されるものであるのに対し、利益は非経常的な、あるいは一回限りの項目も含むということである。

  5. 利速の項目ごとに集計して一表にしたものを利速計算書と呼ぶ。利速計算書は測定単位が月当たりの単位で表示され、一時点現在で表示されている点が損益計算書と異なる。
現状維持とは何か?
  1. 現状維持とは「何もしなければ」「このまま放っておくと」時間の経過に従ってこうなるということを変動率として示している。

    例えば3月31日現在月300万円の率で利益があがるとすると、「もし現状が維持されたら」きたる1ヶ月間に300万円の利益があがることを意味している。

  2. 従来の会計では利速はいつもゼロと考えられている。経営成績というものは定速の状態のもとでは、利益=利速 x 経過時間となる。

    月300万円の利速がある場合(300万円/月)は、1年間であがる利益は300万円/月 x 12ヶ月 = 3600万円となる。

    これは自動車の走行距離が速度 x 経過時間できまるようなものである。従来の会計では3600万円の経営成績とみるが、利速会計ではこれを経営成績ゼロとみる。(利速の額が変化していないからである。)

  3. ニュートン力学では、物体は外から力を受けない限り定速直線運動を続ける。定速直線運動が現状維持の状態である。
単式簿記と複式簿記の構造
  1. 単式簿記は財産計算のみを取り扱ったが、複式簿記は財産計算に利益計算を導入し、両計算構造を等式で結合したものである。

  2. 複式簿記は利益額を計算するだけでなく、利益がどうして生じたかを知る為に、その性質に基づいて分類した利益の勘定科目を用いて利益の詳細を記録報告している。純財産の変動が説明されるべきもので、利益勘定が説明するものにあたる。

  3. 財産計算と利益計算が等式で結びつけられることは、財産計算で計算された利益と利益計算で計算された利益が常に等しいことを意味する。

    財産計算では何が起こったかが記録されるのに対し、利益計算ではどうして起こったかということが記録される。

  4. 財産勘定というストックと利益勘定というフローの2つを組み合わせたのが複式簿記の基本構造である。

  5. 複式簿記が単式簿記から画期的な発展をしたということは、財産計算(ストック)に利益計算(フロー)を第2の次元として加え、それを等式で結び付けたからである。
利速計算の構造
  1. 作速とは何か?

    利速は利益の各項目を時間で微分したものであり、その利速純額の変動を説明するために作速勘定を用いる。

    作速とは利速の変動要因のことであり、売価の値上げ、製造量切り下げ、製造効率向上、原材料超過購入、変動単価値上がり、固定費用増加などがある。

  2. 財産会計と利速会計の関係

    従来の会計は財産を始点として出来ているところから「財産会計」と呼び、利速を始点としている「利速会計」と区別する。

           
    ストック(目的)
    フロー(手段)
    借方
    貸方  
    利速会計
    利速
    作速
    測定単位 円/月
    微分↑ ↓積分
    財産会計
    財産
    利益
    測定単位 円  
    借方
     
    貸方
       
     
    ストック(目的)
    フロー(手段)

<説明>

  1. 財産会計では財産計算と利益計算が複式簿記の中で結合されている。利速会計では、利速計算と作速計算が複式簿記の中で結合されている。いずれの場合も2つの計算構造の間に目的と手段、結果と原因という関係が成立する。財産変動の理由となるものを利益勘定が示し、利速変動の理由となるものを作速勘定が示している。利益を上げれば財産増大の目的が達成され、作速を上げれば利速増大の目的が達成される。

  2. 利益を微分したものが利速であり、利速を積分すれば利益が算出されるという関係にある。

  3. 利速の増加があった場合、それの原因が売価値上げという作速に帰属させることができる。
作益勘定と原価差異
  1. 利速を積分したのが利益になるので、作速を積分すると何が発生するのか?作速を積分すると作益が発生する。

     
    借方
    貸方
    利速会計
    利速
    作速
    測定単位 円/月
     
    微分↑ ↓積分
    微分↑ ↓積分
    財産会計
    財産
    利益
    作益
    測定単位 円
    借方
    (Debit)
    貸方
    (Credit)
    三方
    (Trebit)

<説明>

  1. 利益が財産の変動を説明する役割を果たしているのに対し、作益は利益の変動を説明する役割を果たしている。

  2. 利速と作速は利益の変動率(何万円/月で表示)を取り扱っているのに対し、利益と作益は利益額そのものに基づいて出来ている。

  3. 原価差異分析の方法は作益勘定や、その微分である作速勘定を発展させる糸口となる。
三式簿記への展開
  1. 作益よりも利速と作速のほうが具体的な要素がある。利速の測定が決まると作速はそれに対して影響を及ぼす企業内外の様々な働きかけの要素を示している。利速変動の原因となるものに対する感度が向上し、そこで導き出された作速の積分として作益勘定が出てくる。

  2. 財産・利益の双対から財産、利益、作益の三対勘定系統が発生することがわかる。利益の財産に対する関係と作速の利速に対する関係が全く同じである。しかも作益は作速を積分して出来たものであり、利益は利速を積分して出来たものだから、作益の利益に対する関係も、利益の財産に対する関係と同じである。

  3. こうして作益は財産、利益に続いて、簿記の第3の軸を提供し、複式簿記を三式簿記に論理的に発展させる基盤を提供するものである。
利力勘定と利力会計
  1. 財産会計の貸方である利益を時間で微分すると利速会計が発生した。同様に利速会計の貸方にあたる作速を時間で微分すると利力会計が発生するのである。利力の測定単位は円/月2で、その利力が1ヶ月働いた場合、利速が月何円の割りで変化するかということを表している。

                    借方   貸方
    利力会計
    利力
    作力
    測定単位 円/月2
    借方
    微分↑ ↓積分
    貸方
    利速会計
    利速
    作速
    測定単位 円/月
     
    微分↑ ↓積分
    微分↑ ↓積分
    財産会計
    財産
    利益
    作益
    測定単位 円
    借方
    (Debit)
    貸方
    (Credit)
    三方
    (Trebit)

  2. 利力の例は、新製品の導入とそれにともなう広告のキャンペーンなどがある。100万円/月2という測定値で表すと、この利力が効果を出している限り、利速は月100万円づつの割合で増大していく状態を表示している。

    4月末の利速400万円/月とすれば、5月末の利速は500万円/月となり、6月末の利速は600万円/月となることを表している。

  3. 利力増減の理由を説明する作力勘定を設定し、利力・作力の複式構造をもった利力会計を導入することが可能である。利力会計というものは、その基盤である利速会計がしっかり出来上がっていないときに考慮するのは無理である。しかし財産会計の次に、利速会計があり、その先に利力会計あり、論理上は微分の連続適用によって無限にあると考えられる。

効益会計
  1. 財産会計がそれよりも下のほうに行くことが出来るか考えると、「効益会計」というものが発生する。

                    借方   貸方
    利力会計
    利力
    作力
    測定単位 円/月2
    借方
    貸方  
    利速会計
    利速
    作速
    測定単位 円/月
      借方
    貸方  
    三方  
    財産会計
    財産
    利益
    作益
    測定単位 円
    微分↑ ↓積分
    効益会計
    効益
    使用
    測定単位 円月
    借方

  2. 効益会計の測定単位は円月というかわったものになる。つまり金額の単位に時間の単位を掛けたもので一般に円月と表わすと、利力会計ではn=-2、利速会計ではn=-1、財産会計ではn=0、効益会計ではn=1となる。

  3. 銀行預金の利子計算は200万円を利率月1%で1ヶ月預けた場合で計算すると、累積預金に対する利子は200万円 x 0.01/月=2万円となる。

    100万円月というのは、100万円の財産の効用を1ヶ月享受したことを意味している。これは50万円の財産の効用を2ヶ月享受した場合も同じ100万円月として表される。

  4. 効益会計では、その貸方が財産測定を積分したもの、つまり各財産の額に、その使用期間をかけたものとなる。これを使用計算と呼ぶと、効益勘定は使用勘定が当期において財産をどれだけ使用することができたかを示すことになる。効益会計は効益計算書と使用計算書の2つから成る。

  5. 固定資産のように使用を目的としたものは、その使用から生ずる効益の現在価値を計算して、それを効果と呼ぶ。原価と効果を比較して、低い方をとる方法(低値法)をとれば、効果が原価を下回ると判断された場合に効果まで切り下げることになる。(この考え方は2006年3月期に導入が予定されている減損会計に受け継がれている。しかし井尻先生がこの考え方を提唱した時は、1990年であり、インフレ状態の時であり、デフレ状態を想定していなかったと思われる。現在のデフレ状態において減損会計を採用すれば企業の業績はますます悪化すると考えられる。私はデフレの時に減損会計は採用すべきでないと考えている。)
3.おわりに
  1. 「利速会計入門」では詳細な事例と仕訳があり、これを紹介するとなるとホームページでは処理できなくなる可能性があるため井尻先生の考え方だけを紹介させていただいた。

  2. 井尻先生は、利速会計の実施の問題点として次のように述べている。

    「利速会計の出発点は比較損益計算書と、それに関して何らかの形で行われてきた差異分析である。これをもとに利益と作益の関係を作り出し、利益差異の原因となるものを作益勘定に帰属させる。したがって仕訳は月1回、各事業部の利益について一度だけ行われることになる。留意すべきことは、その仕訳が利益差異全額を説明すること目的とすべきで、作益勘定の合計が利益差異の純額に一致するようにすべきである。そこで選ばれた作益勘定と、それに配賦された金額について担当者間で議論をして欲しい。 利益差異に対する感度と判断力が出てくるからである。

    そのうちに利益差異の分析にもなれ、作益勘定の科目が次から次にでてくるようになれば、毎日の記帳が望まれるようになる。そうなると利速も毎日のように測定され、その変動は作速に帰属され、考え方が利益から利速という方へ近づいていき、その極限が利速となる。・・・・」

  3. 「三式簿記の研究」では、財産=利益=利力」として、考えていたが、その後の研究の結果、利力会計に進む前に利速会計を導入し、会計理論を体系づけたと思われる。「三式簿記の研究」を書いた時点では未解決であった因果的複式簿記については解決されたのでないかと思料するものである。

  4. 「3次元の簿記」でも書いたように「利速会計」や「利力会計」の企業会計の動的モデルを構築し、数学で証明したならば「3次元会計」の開拓者としてノーベル賞も夢ではないと考えている。

    是非若い人に挑戦して欲しいと思っている。

 

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